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・来たるべきアフターコロナ社会のために


 言わずもがなではあるが、今(2020年4月現在)新型コロナウイルスが猛威を振るっている(以下、新型コロナウイルスによる社会への影響を「コロナ禍」と呼ぶ)。「染後」「アフターコロナ」という言葉を使い始めたメディアも出てきた。東日本大震災後に「災後」という言葉を使った者もいたが(御厨貴)、その言葉は普及しなかった。その理由は、東日本大震災が西日本(特に名古屋以西)に大きな影響を及ぼさなかったからだと考える。震災の局地的な影響は計り知れない(東日本大震災並びに過去の災害の犠牲になった人々に筆者は心からの哀悼の念を表明する)が、日本全土に影響を及ぼさなかったのだと思う(ただ、それは筆者が東日本大震災当時に社会を知らなさ過ぎた可能性もあると書いておく)。ただ、今回の新型コロナウイルスの影響は日本全土に及んでいる。行きたかった祭りやイベントが残念ながら中止になってしまった人々も多いだろう。自粛「ムード」は強行開催すればぶち壊せるが、ウイルスの危機が真に迫っている時に催事の強行をすることは難しい。(これは厳に避けるべきことではあるが)秘密警察的な密告によって飲食店の営業が妨げられるケースもあったり、新型コロナウイルスに感染した人の名前を町内の掲示板に貼り付けることによって村八分的に感染「対策」を行うケースもあると聞く。ただしこれも前時代的な方法であり、このような方法で感染症対策を行うことは厳に慎むべきだ。今は令和だ。昭和ではない。僕らが生まれてくるずっとずっと前にはもうアポロ11号は月に行ったし日本は戦争に負けたし大きな災害も幾度となく起きた。もうそういうダサい感染症対策はやめよう。今から記したいのは、もっと明るい社会への展望である。

 まずは、テレワーク・遠隔での連絡の本格化である。今回のコロナ禍によって、テレワークに追い込まれた人々も多かろうと思う。また、学校も遠隔授業の形態をとっている所もあると聞く。奇しくも今年は日本国内での5G元年である。5Gは4Gの約百倍の速さを誇り、5Gを使えばテレビ電話でのタイムラグが今よりももっと短いものになる。人の目では気にならないくらいにはなるだろう。これにより、遠隔での会話もより充実したものになるだろう。また立体映像技術も進めば、遠隔の競技場でスポーツの試合を本物さながらに「観戦」できたり、好きな角度からゴールやホームランの様子を見ることができたりするだろう。僕はサッカーのイニエスタやトーレス、カズの勇姿を臨場感ある様子で観てみたい。

 そして、無駄な会議の削減である。今回のコロナ禍で幾多の会議が中止や延期になったことであろう。この風潮が続き、会議という名の馴れ合い、打ち合わせという名の愚痴の言い合いが少なくなることを願っている。

 そして、ハンコ社会の滅亡である。テレワークをしている中で、ハンコを取りに行くために本社まで行かざるを得なかった者もいるだろう。ハンコは奴国金印の頃からの日本の伝統ではあるが、指紋認証や顔認証の発達した現代ではその存在意義が皆無である。マイナンバーカードに付けられている電子証明を活用したり、電子署名なるものを活用したりすることで、ムダなハンコの使用を削減していければいいと思う。

 また、マイナンバー活用の徹底である。ただし、これには日本の民主主義を徹底する必要がある。国民の情報を集めて活用するには政府への信頼が必要不可欠だからだ。ここをしくじると日本は戦前に逆戻りとなり、1984年的な監視社会、ディストピアになる。公文書の偽造や政治資金の不正流用など、政府や政治家がおかしなことをしていたら国民の力で引きずり降ろせるような政治体制を構築しなければならない(ただし、不倫や奇抜な服装といったおかしさで政治家を引きずり下ろしてはならない。それはいじめであり、村八分である。)。また、引きずり降ろせるのと同時に代案を、代打を用意できるような社会でなくてはならない。戦後左翼でもなく、ネット右翼でもない、まっとうな我々中道の代表を用意できるような社会でなくてはならない。同じアジアの主権を持った地域である台湾や韓国ができるなら、日本もできないことはないだろう。民主主義、立憲主義を徹底して国民の政府への信頼を高めて、政府による個人情報の使用に説得力を与えられればいいと思う。

 また、専門知への信頼の構築である。東日本大震災では、原発事故をはじめとした「想定外」と呼ばれるような事態が次々と起き、専門知への信頼が地に落ちた。新型コロナウイルスに際した一部の専門家の意見を「暴走」と捉え、専門家の意見をむやみに聞きすぎることの危険性を訴える論者もいるが、筆者はむしろ逆だと思う。専門家による警鐘を軽視し、政治家が暴走し、根拠に基づかない作戦を繰り返した結果が先の敗戦につながったのではあるまいか。専門家も確かに誤ることはあるが、世の中に御用学者ばかり溢れている訳ではないだろう。テレビで過激なコメントばかりしているコメンテーターは論外であるが、専門家の意見に今こそ耳を傾けるべきではないだろうか。

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