2016年の後藤輝樹政見放送に捧げる批評


この世には二種類の人間がいる。政見放送を見る人間と、そうでない人間である。私は面白いものや支持している政治家のものを見る程度であるが、それでも前者の人間に含まれるといってもいいであろう。さて、今回評論していくのは後藤輝樹氏の2016年に放送されたNHKでの政見放送である。彼の政見放送はイロモノ、キワモノ、下ネタとして消費されがちであるが、この数分の政見放送からも様々なことを読み解くことができる。一緒に見ていこう。

彼は、「これからお休みの方も、お目覚めの方も、」と政見放送を始める。元となったネタが筆者には皆目見当もつかなかったのだが、これは「めざにゅー」というかつてフジテレビ系列で放送されていた朝の番組で馴染まれた挨拶なのだという。筆者は朝起きたら日本テレビ系列の「Oha!4(おはよん)」派なのだが、それでも後藤氏が朝早く起きてテレビを見ていたことが分かる。ここからも彼の隠しきれない実直な人柄を垣間見ることができるだろう。

偶然この映像を観てしまった視聴者への配慮もそこそこに、彼は突如として後藤輝樹の男性器の時間だと主張する。これから皆さんには男性器を出し合ってもらうのだという。女性も見ているであろう政見放送でいまどきこのようなジェンダーを無視した言動をするのは挑戦的だと言える。「タブーを恐れない」の名のもとに露骨な民族差別や女性差別を訴える論客を起用し続けるテレビへのアンチテーゼとも言えるであろう。そして、「私の戦闘力は53万である」と豪語する。これは日本の国民的漫画「ドラゴンボール」において敵キャラクターであるフリーザが発するセリフである。しかしフリーザはマンガの主人公である孫悟空には負けてしまう。自分の圧倒的な強さを誇りながら弱さも見せることを忘れないという点で彼の謙虚さがこの短い一節からもうかがえる。


その後すぐに彼は「I say ポ○チン、You say 出すぞ、チ○コ主義ってなんだ」と歌いながら踊り始める。ご存知でない方もいるかもしれないが、これは若者による政治活動団体SEALDs(シールズ)のオマージュである。SEALDsはラップやコールアンドレスポンスで「I say 戦争 You say 反対 民主主義ってなんだ?」というように、自分たちの安保法制反対という主張を歌い上げた。筆者としてはSEALDsの陽キャ感にいささか嫌悪感を抱き、同じラッパーでもお笑いコンビ「ジョイマン」の高木氏の荒唐無稽で軽妙なラップに親近感を抱くところである。高木氏の「二・三本、イ・ビョンホン」や「ペ・ヨンジュン、ペルー人」などのフレーズは今も多くの人の記憶に残っているはずだ。話を戻そう。勘の良い読者諸君なら気づいているであろうが、後藤氏は外国人参政権には反対であり、靖国神社参拝に賛成であるという生粋の保守である。リベラルであるSEALDsとは政治思想が真逆なのだ。しかしこのことから、たとえ政治思想が異なっていてもキャッチーなものは取り入れていこうという後藤氏の進取の精神がうかがえる。

ただ、後藤氏はここまで連呼してきたチ○コ主義が自分でも何なのか分からないのだという。歴史を顧みてみると、数多くの主義が生まれてきた。民主主義、資本主義、社会主義、共産主義、そして無政府主義。戦後半世紀近く続いた冷戦体制は、資本主義対社会主義というまさに主義の戦いであった。しかし、我々はそれらを正確に理解できているのだろうか。なんとなく分かった気になって、それらしく語るだけになっていないだろうか。後藤氏の気付きは我々に、主義にこだわることの馬鹿馬鹿しさを教えてくれる。

後藤氏は、ここでラジオ番組さながらにおたよりを読む。ここでおたよりを出した人物は、いつも男性器を露出して聞いているのだという。解放感があると主張している。ここで後藤氏は「そうだね」と相槌を打つ。エンパシーとは相手の靴を履いてみることだとはよく言ったものだが、どんなに突飛な考えの持ち主でもまずは話を聞いてみることが大事だと後藤氏の放送から学ぶことができる。

後藤氏が言うことには、チ○コはポコッとしているからポ○チンなのだという。また、マ○コはへこんでいるからマ○ペコなのだという。後藤氏はあくまでも言葉を実際の状態に合わせて使用すべきである、嘘はつかないべきであるという考え方なのであろう。しかし、その言語に対する態度はいささか保守的にすぎるのではないかと筆者は危惧する。一方で、哲学者であり作家でもある千葉雅也氏は、詩的言語に触れると言語感覚の幅が広がると本の中で語っている。詩に触れて、柔軟な言語感覚を手に入れた後藤氏の姿も見てみたいと思う。これからの後藤氏の活躍にも期待したい。

また、お○ん○ん向上委員会、月月火水木○ん○ん、の提供でお送りしていると後藤氏は語る。これは男性器同様日本中を元気にしてきた明石家さんま氏が司会を務めるお笑い番組「さんまのお笑い向上委員会」へのオマージュであり、戦時中も日本中を鼓舞してきたスローガン「月月火水木金金」のパロディである。日本を元気にしたいという後藤氏の気概が感じられる。

また彼は、民主的な○ん○ん、いや一つくらい独裁的な○ん○んがあってもいい、パワートゥーザ○ん○ん、シェケナベイベーと、政治的な多様性を賛美し、都知事選の先輩とも言える内田裕也氏へのオマージュを捧げる。先人に敬意を示す素晴らしい態度ではないだろうか。


また彼は、日本全国の女性器の名前を発するリレーを試みる。比較文化論、言語人類学の見地から日本のマイノリティ文化を埋没させないための試みであると言う。それはまるで、かつて百田尚樹氏が「探偵ナイトスクープ」で作成を試みた「全国アホ・バカ分布図」を彷彿とさせる。発想は幼稚ながら、学術的な意義も見えるような試みには感服せざるを得ない。

さて、この政見放送から、彼が愛国心を持ったまっとうな若者であったことが分かったと思う。小池百合子氏が当選したが、これからも都知事選を盛り上げていただきたいと思うし、フェスのように盛り上がる都知事選であってほしいと思う。

参考文献
ブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」
千葉雅也「勉強の哲学」
石戸諭「ルポ百田尚樹現象」

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