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こーぞーとちから

本棚の奥に「構造と力」がはさまっていた。
「構造と力」はぎっしり詰め込まれた本のなかで、遭難していた。長い時間。「構造と力」の表紙はとても固く、貝のようにみっちりとその殻を閉じている。ぶつけられたら血が出そう。あの勁草書房の書籍ですから。本から出てくるオーラが違いすぎ。

「構造と力」を久しぶりに開くと、読んだ当時は記号みたいだった文章が、ちょっとスノッブな友だちの若かりし頃の日記みたいに感じられた。初めて読んだ当時は難しい外国語をカタカナにしたものがいっぱいのページに、学力も知識もない私は、相当な文字酔いをしてしまったけれど、時間が経てばかつての横文字カタカナの多くが今では日常の言葉になっていたりする。

もっと読み進むと「構造と力」は詩のように語りかけてきた。星のように散らばった言葉や数式でできた図形楽譜から、どんな音楽が飛び出してくるのか胸がきゅんとする。難解なことが嬉しい。浅田彰は『アンチ・オイディプス』をヒントにマルクスをポップ化したと新聞で語っていた。全然わからない。
知らないことばかりだけど、私はこの本を絶対手放さないでしょう。

わかるとか共感とか感動。もうそういうことにも、ものすごく飽きてきた。難しい部分も「分からない」と切り捨てずに、静かに理解に努めたい。知ることは希望をふくらませる。

こーぞーとちから。ひらがなにすると呪文みたいな響きです。多様性にはあらゆる形がある。私の本棚をみたいに、ごちゃごちゃ。

わたしが、初めて作った長い話は「一語と論語」。いちごとりんごの「り」を間違えて「ろ」と書いていた。いちごとりんごは仲良しでしたという物語。こーぞーとちからみたいに。

おやすみなさい


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