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物語のある風景

 スコットランドの風景には気配がある。手つかずの自然に見えるが、そこには何かの気配を感じるのだ。それが何かはわからない。単に霧のニュアンスのせいかもしれない。絶え間なく動き流れて行く雲とその雲が落とす影のせいかもしれない。でも、もっと何か密やかなるものが、ずっとずっと太古の昔からそこにいるような気がしてならない。
 ヒースやアザミの茂る湿地の荒野を、低く垂れ込めた雲が、早い風に乗ってぐんぐんと移動していく。瞬間的に黒い雲がやってきて雨を降らせ、次の瞬間には陽が射す。幾条もの日差しが天の雲間から降りている様は言い得ぬ神々しさを感じさせる。まさに天使の梯子だ。
 その湿潤な空気や、ざわざわと風に揺れる下草はたしかに何かを孕んでいるように思える。それは単に自分がスコットランドの物語や歴史を読んでいるので、そう感じるに過ぎないのかもしれないけれども、それでも確かに何かのささやき声が聞こえるようなのだ。もしかすると、スコッチモルトウィスキーの飲み過ぎで、頭が朦朧として、そんな気がするのだろうか?

 スコットランドのハイランド地方にある小さな島、スカイ島。島の中心は、目抜き通りが100mくらいしかない小さな町、ポートリー。ここを基点に島のあちこちを訪れたが、どこにも何もない。何もない、というのはもちろん正確ではなく、山があり、丘があり、川があり、崖があり、霧があり、ヒースがある。豊かな自然と、多くの動植物がある。でも、いわゆる観光名所のようなものがあるわけではない。それにも関わらず、人を引きつける何かがこの島の寂寥とした自然にはある。

 スコットランドの首都エディンバラは、J・K・ローリングがハリー・ポッターを生み出した地として有名だ。彼女がもっぱら執筆に利用したというカフェに立ち寄ってみたが、その窓からは小高い丘に存在感を示すエディンバラ城が見える。ロイヤル・マイルと呼ばれるエディンバラ城と、ホリルードハウス宮殿を結ぶ目抜き通りは賑やかだけれど、それ以外はこぢんまりした、決して大きくはない町。大通りの脇には、魔術的な別世界に通じていそうな路地がたくさんあって、ファンタジーをリアリティとして感じられる町。ダイアゴン横丁はここにあってもおかしくない。
 そんなエディンバラから北に広がるハイランド地方。ハリーがキングス・クロス駅の9と3/4番線からホグワーツ特急に乗って行く先、ホグワーツは、このハイランド地方がモデルとなっている。ハイランドにはそういう魔法の気配がある。

 なにも魔法だけではない。長年にわたる、スコットランドとイングランドの血で血を洗うような争いの歴史、ケルトの昔から伝わる民話や伝説などが、そこここに感じられる気がするのだ。だからこそ、ただの湖に、ネッシーが現れるのだ。スコットランドはただの殺風景な荒野ではない。ニュアンスとエモーションがある。
 だから、スコットランドを旅する時は一人でも寂しくない。その一見荒涼とした風景を眺めながら、スコッチをちびりと口に含めば、そこにある物語を感じられるのだ。

<了>

#旅 , #旅エッセイ , #スカイ島 , #スコットランド

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