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【小説】ファンタジースキーさんに100のお題:002

囚われた娘

(※胸くそエンド注意)

 遠くから音が響いてくる。
 近づいてくる馬の足音を聞いて、私達の間に動揺が走った。
「早いっ! 情報が漏れたか?」
 上官の男が舌打ちをする。
 確かに、敵の襲撃を誘うのが私達の役目だが、いくらなんでもこれは早すぎた。まだ逃げる手はずが整っていない。
 そうやって慌てているうちに、足音はどんどん近くなってくる。
「隊長、急いで撤退を。作戦は、失敗です」
 兵士の1人が、くやしげに進言する。
「わかっている。急げ、敵はもうすぐそこまで迫っている。武器や食料は諦めろ! とにかく王都まで馬を飛ばせ!」
 隊長が指令を出すと同時に、みんな我先にと自分の馬のもとへと散会する。
 私も自分の馬の場所に急いだ。私の馬は、比較的野営地のテントから近い位置に繋いであったが、それでも、急がなければ敵の襲撃を避けることができない。
 全力で走って、馬の元へと急ぐ。隊長も言っていたように武器も食料も無視だ。ここを逃げ切れなければ、私達に明日はない。
 テントの集団が途切れ、森の木々が目の前に迫る。そこに、私の馬が繋いである――はずだった。
 結び目が緩んでいたのか、馬は敵の奇襲に敏感に反応して、すでに逃げ出していた。前方にかすかに茶色い物体が見える。それは、私の足ではもう到底追いつくことはできないところだった。
 それでも私は走り続けた。馬のしっぽを追うように、全力で疾走する。
 馬がないから逃げられない、などと言っている場合ではない。逃げなければ、殺られる。
 理性ではなく、本能がそう囁いていた。

 だが、所詮は人間の足だ。敵軍の迫る音がどんどん近くなってくる。
 地を埋め尽くすような大軍隊がもうすぐそこまで来ている。
 私は走った。走り続けた。
 息が上がって、上手く呼吸ができない。それでも、私は走り続けた。馬のしっぽはとうの昔に見えなくなっていた。
 ヒュン、と弓の鳴る小気味よい音が聞こえて、私は思わず後ろを振り返った。
 迫りくる1本の矢。身をよじってかわそうとするも、よけきれずに肩をかする。灼けつくような痛みが走った。
 痛みに気を取られて、小石に蹴躓き、無様にも地面に倒れこんだ。
「っ!」
 その瞬間、私は死を覚悟した。
 次に放たれる矢は決して私の急所を外さない。2度も失態を犯すほど、彼らは馬鹿ではない。
 私は目を閉じて、静かにその時を待った。
 人間、諦めがつくとかえって落ち着くものらしい。私は驚くほど静かに、自分の死を受け入れようとしていた。
 しかし、響いた音は弓が放たれる小気味よい音ではなく、縄がこすれる不快な音だった。
 ゆっくりと目を開く。目の前には甲冑に身を包んだ敵軍の兵士が立っていた。どうやら、指揮官らしい。
 呆然としているうちに、私は縄で縛られ、身動きが取れなくなった。
「来い」
 その兵士は、ただ一言、そう私に命じると、私が先ほどまで懸命に走ってきた道を戻っていく。
 私に巻き付けられた縄の端が引っ張られ、私も彼と同じ方向へと歩かされた。
 どうやら私は、捕虜にされてしまったらしい。

☆   ☆   ☆

 私は隣の大国と戦う小国の兵士だった。
 私の国は、小さな小さな国で、あの大国から見れば、ひとつの街ほどの広さしかないぐらいだったが、みんなが平和に暮らしていた。
 隣の国は強く大きな国で、周辺の国々を次々と侵略していった。
 そして、残った1つがその膝元の小さな国、あの大国の眼中にも入っていなかった私の国だった。
 彼らは、ついに大陸統一の総仕上げとして、私の国に宣戦布告をした。
 だが、そうされたところで、私達にはどうすることもできなかった。圧倒的な軍事力、財力、兵力の差。すでに、負けは決まっているかに見えた。
 しかし、私達の王は、決して諦めなかった。辺境の村々にまでお触れを出し、兵士を募った。
 私達の慕う王は、絶対に国民に無駄に血を流させることはしない。私達はそう信じて、兵士となった。病人や老人など、身体的に問題がある者以外は、みんなが兵士となって、国のために戦う決意をした。
 これも、王の人望の厚さによるものだろう。
 それに王は、本当に私達に希望をもたらしてくれたのだ。
 軍事力ではかなり劣ってにも関わらず、私の国は、すぐに大敗する、ということはなかった。それも王の作戦のおかげだった。

☆   ☆   ☆

 耳をつんざくような乾いた音が響いた。
 目を開けると、そこにはニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた拷問官の姿があった。今日は、その手にムチを持っている。
「いい加減にしゃべったらどうだ? ラクになれるぜぇ~?」
 耳元で、ねちっこい声が響く。生理的嫌悪感で思わず体が震えてしまう。気持ちが悪い。
 ピシッッ!!
「っっっ!」
 黙ったままでいると、灼けつくような痛みが体にはしった。ムチが体に打ち付けられる。
 愉悦の表情を浮かべてムチを振るう拷問官の姿を、ぼんやりとした瞳で見つめた。
「この、口の堅い」
 頭上で拷問官が舌打ちをする。
 一通りの責め苦はやり切ってしまったのだろう。何をしても口を割らない私に対して、しびれを切らしている様子だ。
 心の中で私はにやりと笑う。
 秘密がもれなかったこと、そして、この男に屈して無様な醜態をさらさずにすんだことが、何より嬉しかった。
 拷問官が牢を出て行く。その表情には苛立ちが見えた。
「仕方ねぇ、上に指示を――」
 重そうな体を揺らして、拷問官は去っていった。
 そうして、彼らは何もしなくなった。

☆   ☆   ☆

 彼らが何もしなくなって数週間がたった。
 私は何もすることもなく、日に日に食欲も、睡眠欲も、何もかもをなくし、ただぼーっと過ごすことが多くなっていた。
 今日も、いつもと同じく、壁際で何かを考えるでもなくぼーっと座っていた。
 この数週間で、拷問による傷はあらかた治っていた。それでも、心にはぽっかりと穴があいたようだった。もちろん、拷問されるのが好きなわけではないのだけれど、きちんとした食事が出され、他に何をされるということもない。この生殺しの状態に、いい加減に精神がまいってきていた。
「お食事、持ってきましたよ」
 突然聞こえた柔らかな声に驚いて、私は鉄格子の方を振り返った。
 そこには、いつも食事を運んでくるぶっきらぼうな兵士とは、まったく正反対の人物が立っていた。
 美しく長い金の髪、柔らかい瞳。それに、落ち着いた物腰。

『女神』

 その言葉が私の頭の中をよぎった。

 突然のことに私が呆然としていると、その『女神』が話しかけてきた。
「食欲がないのでしょうか。でも、何か口に入れないといけません。死んでしまったら、何も出来ませんよ。何をするにも生きること、体力を持つことが大切です。今のままでは、あなたは逃げることも出来ません」
「ぇ……」
 彼女の言葉に、私は彼女が現れた時よりもよほど驚いた。
 驚愕の表情をしたまま硬直してしまった私を見て、『女神』は少し困ったような顔をする。
「こんな風に思ってはいけませんか。誰も死なずに、苦しまずにいられたら、その方がきっといいはずです。だから、あなたも絶望したり、諦めたりしないでください」
 そう言う彼女が眩しくて、後光が差しているように見えた。
「女神……さ、ま」
 口が勝手に動いて、思っていたことをつむぎだした。
 それに、彼女はクスリと笑みをもらす。
「そんなものじゃありませんよ。まぁ……確かに戦場の救護を担当してはいますけど。さぁ、食べてください。はやく食べないと冷めてしまいます。最近、何も口にされてなかったみたいですから、最初はちょっとつらいかも知れませんけれど、頑張って食べてください。食べやすいようにおかゆにしておきましたから」
「あ、ありがとう……」
 私は彼女からおかゆのたっぷり入ったうつわを受け取ると、恐る恐るそれを食べ始めた。
 少し時間がたってしまっていたせいか、多少冷めていたけれど、それでも久しぶりに、『食べ物』を口にした気がした。
「おいしい……」
「それならよかったです。まずいなんて言われてしまったら、少しへこんでしまうところでしたから」
 彼女の笑顔は先程とまったく変わらない。しかし、その中に今は安堵の気持ちがこもっているように感じられた。
 それでハッと気がつく。
「あ! もしかして、あなたの手作り?」
「大当たりです。うちのシェフに、そんな細かい注文付けるなら自分でやれ、と言われてしまったので。でも、本当によかったです。おいしいと言ってもらえて」
 そう言って笑った彼女の笑顔につられて、私も笑みをもらす。
 捕虜になってから、初めて心から安心することができた。
「ねぇ、しばらくの間になるけど、友達になろうよ。」
「はい、あなたがよろしければ」
 迷うことなく彼女は笑顔でそう言った。

 それからというもの、彼女は食事のたびに私の元にやってきては、捕虜に出すにはもったいないようなおいしい料理をふるまってくれた。
 私が食べている間、彼女はその様子をずっと笑顔で見つめていて、私が食べ終わると、2人で互いのことについて語り合った。
 それは、この冷たい監獄の中で味わう、平穏な時間だった。
 彼女はこの国の軍の救護を担当しているとともに、神殿で暮らす神官でもあるらしい。
 今は戦争中のため、救護のために駆り出されているが、本当はこんな戦いをするよりも、世界中の人が幸せになれるようにしたいと思っている、ある時、彼女は私にこう言った。
 彼女の考えは聞けば聞くほどすばらしいもので、私はただただ感服するばかりだった。

 そんな日々が一ヶ月ほど続いたある日、食事を終えた私は、いつものように彼女と話をしていた。
「体力も回復したみたいですね。これからどうするおつもりですか。逃げるお手伝いくらいなら出来ると思いますけれど」
 にっこりと彼女はほほえむ。心から私の回復を喜んでいるように見えた。
 だが、突然の彼女の言葉に私は驚き、喉をつまらせた。
 確かに、初めて会った時にも似たようなことを言っていた気がするけれど、今までそんな話は少しも出なかったのですっかり忘れていた。
 黙り込んでしまった私を見て、彼女は困ったような表情を浮かべると、おずおずと言葉をつむいだ。
「もしかして、もう、逃げるのをあきらめてしまったのですか」
 悲しそうにそう言う彼女の言葉にさらに驚いて、私は慌てて首をぶんぶん横に振った。
「ち、ちがう! ちょっと、驚いちゃっただけ。いきなりだったから」
「それなら、よかった。会った時にも言ったのですけれど、絶望してしまったら、何もかも終わってしまいますから」
 あまりの私の慌てように、彼女は再びにっこりと微笑む。
「それで、どうしますか。これも会った時に言いましたけれど、出来る限り手伝いますよ。ここにいても、あなたは不幸なだけです。誰も、助けに来ないようですし……」
 彼女の言葉は的確だった。それでいて、私の心をぐさりとえぐった。
 その表情は再び悲しみに包まれてしまったが、その言葉には、私に対する遠慮はカケラも無かった。
「仕方、ないよ。私達の軍は小規模だし、私を助けるための兵力を割くことはできないもの。それに、私が生きているかどうかもわからないし、そんな危険なこと、普通はできないよ」
 ふっと彼女から目をそらす。
 わかっていた。助けなんて、捕まった時から期待していなかった。そんなこと、わかっていたのに。どうして、こんなに辛いのだろう。
「でも、この戦いに、あなたの国が勝てば、そうなれば……」
「そうなれば、私の国の人は不幸にならない。けれど、そしたら、あなたの国の人が不幸になる。戦争って、そんなものだし、しょうがないよ。もちろん、私は、私の国が勝つって信じているけれど」
 宥めるように言葉を紡ぐ彼女に、私は意地になったようにむっつりと返答する。
 悲しい。辛い。自己中心的かもしれないけれど、それでも、自分の国が負けるなんて思いたくない。
 それに、戦争の話なんて、彼女としたくないかった。
「…………」
 私の言葉に、彼女は急に押し黙ってしまった。不思議に思った私は、ゆっくりと彼女に視線を戻す。
「どうした……」
「どうしてあなたの国は私の国と互角に戦えているのですか」
 声をかけようとした私の言葉を遮った彼女の声は、いつになく真剣だった。
 いや、こんな声音、聞いたことがない。
 一瞬、その場の空気が変わった。
「え……」
「あ、ごめんなさい。またいきなりでしたね。気になってしまって。これはただの私の好奇心です。答えられないのなら、それでもかまいません」
 私は困った顔でもしていたのだろうか、ばつの悪そうな顔で彼女が謝罪の言葉を述べる。
 その表情は、いつもの彼女だ。
 むしろ謝られたことに困ってしまった私は、慌てて言葉をつむいだ。
「そんなことくらい、平気だよ。ただ、相手の裏をかけるような作戦立ててるだけだから」
「裏をかける、ですか」
「そ、国王陛下が、毎回相手が思うのと逆のことを作戦として立てて、それを私達が実行。当然、向こうは予想外の事態で混乱。それでちまちまと勝利、というわけ」
「そう、なんですか」
 私の答えに彼女は再び黙り込む。
 次に出て来た疑問の声は、さっきよりは柔らかい声音だった。ただ、私がそう感じただけかもしれないけれど。
「でも、弱点、もあるわけですよね」
 今まで閉ざし続けた口を開いたことで、私は少し興奮していた。滑らかになった私の口は、すらすらと答えをつむぎ出す。
 この一瞬、私はここが敵国だということを忘れた。
「それはもちろん。作戦立ててるのは陛下だからね。陛下が暗殺でもされればおしまい、かな? あと、兵士として力のある人はみんな出払ってるから王都は全くの無防備だし、襲われればひとたまりもないよ。みんな王都に避難してるし、兵士以外の全国民が集まっているんだもの」
「そうですか……」
「これで、好奇心は満たされたかな?」
 やけに納得した様子の彼女に、私は自慢げな笑顔で尋ねる。
「はい。ありがとうございます」
 彼女もそれに笑顔でうなずく。
 それから、彼女は今日の会話はこれで終わり、という感じで、食事の皿を手に取って、出口へと足を運ぶ。
「それでは、また。逃げるための手はず、整えておきますから」
 去り際、振り返った彼女の言葉に私はまた驚いた。
「あ、ありがとう!」
 鉄格子越しに彼女を目で追いかけ、私は大声で叫んだ。

 3日くらいあとのことだったろうか、食事の時間でもないのに、慌ただしい足音が聞こえてきた。
 あの『女神』の彼女が、何か急な知らせを持ってきたのだと思い至り、鉄格子に急いで歩み寄った
「大変です! 私達の会話がもれていました! 今、私の国の軍勢があなたの国の王都に向かいました。このままじゃ、あなたの国は――」
「そんな……」
 体から血の気がすっと引いて、私は蒼白になった。
「私、どうすれ……」
 慌てて叫んだ私の言葉は途中で途切れた。
 キィと音を立てて、目の前の鉄格子が開く。
「ぁ……」
「さぁ、行ってください。牢を出てまっすぐ行けば裏口に出ます。そこに馬を用意していますから」
 ようやく開いた牢の扉を前にしたのに、私は動けなかった。
「そんな、だって、あなた、裏切り者扱いされるんじゃ」
 国のことも気になったが、今目の前にいる彼女のことが気になって、私は先へと進めなかった。
「私のことは大丈夫ですから。今はとにかく急いでください!」
 しかし、この言葉といつもの柔らかい彼女の笑顔が私の心配をかき消す。
 強引に手を引かれ、転げるように私は彼女が指差した方へ駆け出した。
 隣に彼女が並ぶ。
 焦ってやってきたのであろう、彼女が開けっ放しにしていた、牢の出口の扉が見えた。
 一気に牢の石畳を走り抜ける。
 そして、私は呆然となって、足を止めた。
「そんな……」
 頑強な甲冑に身を包んだ兵士が、出口の前を固めていた。
 これじゃあ、まるで、私の脱走が分かっていたような。
 疑問が胸を渦巻く。頭が上手く回らない。
「へぇ? いい顔してくれるじゃない」
 混乱する私の頭に響いたのは、きれいなソプラノトーン。
 声が出ない。全身が凍り付いたように動かなくなった。
「ねぇ、私が本当にトモダチになんてなったと思ってたの? それなら、お笑いぐさね」
 信じられなかった。でも、この声は確かに――
「私を誰だと思ってるの? この国の人間よ。あなたの敵なのよ?」
「め、がみ」
 ようやくそれだけ絞り出した私に、彼女は嘲笑で応えた。
「ハッ、何それ? いつまでそんなバカげたこと言ってるのかしら? 自分の国が滅びるっていうのに」
 きれいな顔が歪む。その口が皮肉げな笑みを浮かべる。
「ねぇ、私の本当のお仕事、教えてあげようか?」
 黙ったままの私に、彼女はにじり寄る。そして、耳元で優しく告げた。
「私も、ここの拷問官なのよ」
 ただでさえ冷えきっていた体が、さらに凍える。体が冷たくなっていく。
「本当はね、ムチとか振るってる方が楽しいわけよ。でもね、今回はこういう趣向で遊んでみたの。予想以上の出来ね。その顔、肉体的苦痛を与えた時よりも、数段いいわ」
「どう、して……」
 彼女の言葉が耳をすり抜けていく。それは、全然実感をともなっていなくて、私には、とても信じられなかった。
「友達になろうって、そう言ったじゃない。そうしたら、あなたは頷いてくれたじゃない」
 涙が目を曇らせる。ほんの数センチ先の彼女の顔も見えなくなった。それでも、彼女がどういう表情をしたかはわかった。
「本当に、バカね。ただの演技よ」
 きっと、彼女はその顔に嘲りの表情を、私の知らない表情を浮かべた。
「さっさと、連れていってくれないかしら。もう、こいつに価値はないわ。瓦礫の上にでも捨ててきてちょうだいよ」
「はっ」
 彼女の声、そして、それに応える兵士の声。
 私には、もう反応を起こすこともできなかった。
 涙で頬を濡らし、兵士に引きずられ、遠ざかっていく彼女の姿をただただ見つめた。嘘だと言って欲しかった。そうして、駆けつけて欲しかった。
 でも、それは叶わぬ願いだった。
 踵を返して立ち去る彼女を見て、私は絶望とともに意識を閉ざした。

☆   ☆   ☆

「っ!」
 私は、ハッと気がついて、目を覚ました。
 目の前には、青い青い空がどこまでも広がっている。
「そっか、私、いつものように草原に寝っ転がって、そのまま寝ちゃったんだ。……嫌な夢、見たな」
 だけど、夢で良かった。そもそもあんなのはあり得ない。私のせいで国が滅んでしまうなんて。非現実的すぎる。
 そう思い、ほっと安堵の息をもらした時だった。
 私は、ふと違和感に気づいた。
 いつもと違う。草原で寝ているはずなのに、背中に当たる感触は草のふさふさした感じではなく、ごつごつしていて、まるで石の上の――
 嫌な予感が頭をよぎって飛び起きると、私は辺りを見回した。
 そこにあったのは、なごやかな村の風景ではなくて、大量のくずれた瓦礫だらけの世界だった。
 呆然として、意味もなく首を周囲にめぐらせた。
「そんな、うそだ」
 周りに見えるのは、建物の残骸、そして、無数の人。いや、無数の死体。
 ふと、そのひとつに目がとまる。
 病気で痩せて、がりがりになってしまった手。それを、知らず握りしめる。
 顔は瓦礫に埋もれて、誰かはわからないその手。引っ張ると、ぱらぱらと顔の上の瓦礫がその死体から滑り落ちた。
 濁った瞳が私を見つめた。それは無言で非難の声を投げかけていた。
 私は何度も何度も同じように死体の手を引き、身体を引き、わけもわからず夢中で何かを探した。
 誰でもよかった。誰か、誰か生気を宿した人を見つけたかった。認めたくなかった。全部が自分のせいだって。
 涙が頬をつたう。それでも、認めないわけにはいかなかった。どれだけ探しても、生存者は見つからなかった。
 みんな死んでしまった。私のせいで死んでしまった。
 夢なんかじゃなかった。全部が現実だった。
「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい」
 謝っても誰も帰ってこない。そんなことはわかっているのに、止めどなく涙を流しながら、私は謝り続けた。
「ごめんなさい。ごめなさい。ごめんなさい」
 瓦礫の上で、ひとり呟き続ける私の声だけが、辺りに響いていた。

あとがきという名の蛇足

読み直してひどいバッドエンドだな、と我ながら思う作品でした(笑)
たぶん、もうちょっとほのぼの展開な作品とか大どんでん返しなハッピーエンドも書けたはずだけれど、このときはどうにも暗い話が書きたかったようです(覚えてない)

写真は作品の暗さに合わせて、フォルダの中から廃墟を探し出し、それっぽく暗めにレタッチしました。
写真からは明るい未来が感じられるけれど、作品はそんなもの微塵もなかったからレタッチの方針には反省している(笑)

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