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【小説】ファンタジースキーさんに100のお題:001

砂の城

 波打つ浜辺。カモメの鳴き声。
 真夏は賑わうこの海岸も、冬の気配が感じられる今の時期はとても静かだ。
 そんな海岸の波打ち際に、黒髪をおさげに結んだ7、8歳くらいの少女が座り込んでいた。
 全身に汗をびっしょりとかいて、目の前にある大きな砂山で何かを作ろうとしている。
「あーもう! 全然出来ないよぉ。すぐに崩れちゃうし」
 あまりにも思い通りにならない砂山を前に、少女から悲鳴にも似た声があがるが、それに応える者はない。静かな波の音とカモメの鳴く声が辺りに響くだけだ。
 叫んだときにぽろりとこぼれた涙をぬぐい、少女はめげずに砂山に向き直る。
 が、手を加えれば加えるほど、ぼろぼろ崩れるばかりで、砂山は一向に少女の求めている形にはならない。
 少女はむっと頬を膨らませて、ただの砂山でしかないものじっとを見つめた。
「むーーーー。どうして上手くいかないわけ?」
「つーか、お前何やってんだ?」
 突然背後から響いた声に驚いて、少女が勢いよく振り返ると、そこには呆れた表情をした幼馴染の少年が立っていた。
 短く切りそろえた黒髪を風になびかせ、ため息なんぞついている。
 いきなり声をかけられた少女は、上目づかいに彼を見上げるだけで、何も話そうとはしない。
 しばしの沈黙ののち、少女は無言のまま、のそりと作業を再開した。
 少年は眉をひそめたが、砂山に没頭している少女には見えていない。ただ黙々と砂山を削り、崩れては積み直して、また削る、ということを繰り返している。
「なぁ、何作ってんだ? ただ砂山にトンネルってわけでもなさそうだし」
 あまりにも進展の見えない作業の繰り返しに、見物人に徹することができず、ひとつため息をつくと、少年はおもむろに少女のそれに加わった。
 しかし、手伝おうと思って、とりあえず、手を出してみたものの、少女の意図がさっぱり理解できず、少年にはどうすれば助けになるのかが分からない。
 小首をかしげる少年の声に、少女はまた作業を中断した。
 だが、少女はすぐには質問に答えない。沈黙が2人を包む。
 数秒たったのち、少女は小さな体をさらに小さくして、かすかに少年に届くかどうかという声でもごもごと答えた。
「……砂のお城」
その頬にはかすかに赤みが差している。
「……へ?」
 少女の答えに、少年は間の抜けたな声を出してしまった。それが、少女の気にさわったらしい。
「だ・か・ら! 砂のお城!」
 少年の反応に肩をふるわせ、怒りをあらわにして少女が叫んだ。先程よりさらに顔を赤くして、砂浜を両手でバシバシ叩きながら少年に猛抗議する。
 だが、熱弁をふるう少女に反して、少年は呆れるばかりだった。
「唐突だな。おい」
 それに少女はさらに怒り、声をもうひとまわり荒げて怒鳴りちらした。
「むーーー! 女の子はね。一生に一度はお城とか、ひらひらのドレスとかに憧れるものなの! でも、どっちもぜぇったい無理だから、せめて、ちっちゃいお城くらい作ろうかと思ったの! 悪いっ?!」
 鼻息を荒くして、少女はぷいっとそっぽを向く。
「いや、悪いとは思わないけど……。でもさ、この砂、水分が少なすぎるんだよ。適度な量じゃないと固まらない。だからバラバラ崩れるんだ」
「う」
 淡々とした少年の助言は的確で、少女はぐうの音も出ない。
「どした? ほら、はやいとこ作ろうぜ。な?」
 少女がまだ怒っているのかと思い、少年が優しく声をかける。
 だが、少女はあいまいにうなずくばかりでどうもはっきりしない。どうにも心がもやもやするのだ。
「なんだよ。まだ文句あるのか?」
 いい加減に呆れて少年はけだるげな声をあげる。
「ううん。そんなんじゃないけど……私一人で作んないと、私のお城じゃなくて、二人のお城になっちゃう」
 今までの出来ばえを忘れたようないっちょ前な発言に、少年は思わずぶはっと吹き出した
「なら、もっとお前がおっきくなってからもう一回作ればいいさ。今は、二人のお城。それでも今のお前には十分すぎる」
 まだ笑いがおさまらなくて、少年は必死で笑い声がもれるのを押さえながら、言葉をつむいだ。
「うーー、わかった。んじゃあ、今回は二人で作る。でも、今度は手伝わないで」
 少女は、釈然としないながらも少年の言葉にうなずいた。
 そうして、少年が加わり、お城作りは急速に進んでいった。
 少年の言葉通りにすると、望んでいたように城が完成していくので、最初はぶつぶつ文句を言っていた少女も、最終的には少年の指示に従って、いそいそと城作りを進めていった。
 そして、夕方。太陽が水平線に沈むころ、それは完成した。
「か、かんせーーーー」
「ふむ。ま、こんなものか」
「つ、つかれた」
 歓声をあげた次の瞬間には、少女はぐったりとその場にへたり込んでいた。朝から一人で砂山と闘っていたのだから、それも当然だろう。
「お疲れさん。よかったな、完成して」
 少年がぐったりとしている少女の頭をぽんぽんとなでる。
「うん!」
 少年のそんな言葉に少女も笑顔でこたえる。
「ま、今度はもっとすごいのを頑張るんだな」
 にやりと少年が笑い、
「当たり前でしょっ!」
 それに、少女はまたちょっと機嫌を悪くして、立ち上がって抗議した。
「んじゃあ、帰るか」
 けれど、そんな少女を無視するように少年はくるりときびすを返してしまう。
「ちょっと! 待ってよーー」
 慌てて少女がそのあとを追いかける。
 追いついた少女の手を少年がにぎり、2人は仲良く並んで家路についた。


 数年後、少女がさらにすごいお城を作れたかどうか。
 それはまた、別のお話。

あとがきという名の蛇足

当時はやっていた100題に挑戦していたものです。
おそらく今HDDに残っている中で最も古い作品。
2回くらい微修正を加えたかな。今回も言い回しが気になる箇所だけ修正を加えました。
海の話だから季節感が合うかと思いきや、冬の海でした(笑)

見出し写真は、夏に撮ったものを冬を感じる色合いに直してみましたが、いかがでしょう。
次はお題なしの短編でもあげようかしら。

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