365日、彼らは愛宕山に登る:佐世保相浦【2019年12月25日執筆】
眠い。
朝6時。いつもなら布団でスカスカ惰眠をむさぼっている時間だが、この日は登山の約束をしていたのでなんとか這いずり出なければならなかった。365日、晴れの日も雨の日も風の日も雪の日も山に登る人たちの集まりにちょっと参加することになったのだ。半ば勢いでOKしてしまったことを悔やみつつ、のっそりと外に出た。
連日続いていた攻撃的な真夏日も朝だけは休戦しているようで、山鳩の声が心地いい。穏やかな涼しい風に吹かれ、少し眠気が覚めた。
古びた商店街の脇に車を停める。本当にここであっているのか不安になったが、歩くこと3分足らずで登山口に到着した。長い登りも大きな自然公園もなにもなし、ショートカット登山口である。
「そしたら、行こうかねぇ」
70歳近くのおじいちゃんおばあちゃんに出迎えられる。半袖スニーカーの、まるでその辺をウォーキングするかのような出で立ちの彼らは、会話もそこそこに登山ルートをぐんぐん登り始めた。
えー、準備運動なしでスタートですか。というか、すごくラフな格好なのですが。わたしなんかトレッキングシューズ履いてきたというのに。なんだかすごく場違いじゃないか。
わたしは足がつってしまうのが怖かったので、ちょいちょいストレッチをはさみながら歩を進めた。
「ほんとに毎日登ってるんですか」
そうそうに息切れしながら聞いてみる。
「まぁ、せいぜい標高259メートルしかないからね。30分もあればのぼりきれるよ」
マジか。
往復で1時間、しかも住宅エリアから徒歩で近い。これでは普通のウォーキングやジョギングと変わらない感覚だ。だから彼らは毎日でも登れるのか。すごい。「毎朝登山してます」ってどんなエクストリームモーニングだよ。かっこよすぎるよ。
しかし、朝の日課というにはそれなりに石段がきつい。わたしは10分でもうギブアップだ。けっこう頑張ったけど、やはり地の利に詳しい彼らには到底及ばないのだった(原因はそれだけではない)。
親切が具現化したかのようなレンタルステッキにちらと視線がいく。しかし若者枠で呼ばれたというプライドにより、見なかったことにしてしまった。
毎日人間に染まりまくっているからか、この山はとても人に優しい。
手作りの番号札がどのような場面で役に立ったのか聞いてみたが、
「以前下りんときに石で足ば破かしたひとのおってからね、救急車ば呼ぶときにこの番号ば言ったけんが助からしたとさ」
山を降るときに、石が足に貫通した人がいて、救急車を呼ぶときにその番号を伝えたことで位置がすぐに特定され、大事に至らなかったということだ。なんだその怖い石は。ほんとうに石だったのか。もののけの類じゃないのか。
話しながら登っていたが、わたしは手すりにつかまっていないともうダメだった。登山道に手すりが設置されているなんてもはや登山体験ですかと言いたくなるほどの衝撃だったけど、もっと衝撃だったのは手すりの大部分に蜘蛛の巣が張っていたということだった。
おそらく手すりを使う人がそんなにいない。どんだけタフなんだご老人方。
(わたしがみなさんの足を引っ張ったので)登ること45分、やっと頂上に到着した。頂上には小さな広場と、さらに上には祠があった。景色に感動するあまり、写真を撮り忘れた。
わたしがご一緒した老夫婦の前にすでに到着していた人がちらほらいたがほぼ全員ご年配の方々だった。
「若い人のおる、珍しかね」とリアクションしつつ、病院の話、孫の話、健康の話、テレビの話といろんなトークに花を咲かせる。登頂を終えた爽快感と、おしゃべりというストレス発散が毎日長続きする理由らしい。中には一人暮らしの方も多く、こうしたコミュニティが彼らの生きがいになっているそうなのだ。
一緒になって楽しくワハハと雑談していると、おじいさんが「あっ、ムカデのおるよアンタ!」と言い、わたしの肩に這っていた巨大なムカデを素手で捕まえ遠くへ投げた。またしばらくすると、おばあさんが無言でジーンズを履いていたわたしの太ももあたりをベチンと叩いた。
「アブのおったよ」
わたしのジーンズは、潰れたアブから噴出した私の血でべっとりと濡れた。その後おばあさんから虫刺されの薬を塗ってやると言われ、木陰にかくれてマンツーマンでパンツをさらすはめになってしまったのである。
通算1000日以上登り続けたレジェンドと歩く
通算1000日以上、この山を登り続けてきたというレジェンドの初老男性が遅れてやってきた。3年ほどずっと皆勤賞とのことでおどろく。
毎日の登山でがっちりと鍛え上げられた彼は、皿回しサークルの会長を務めるなど、健康づくりには余念がないそうだ。そんな彼に先導してもらう形で山を降りることになった。
とはいえもと来た道を戻るだけだし、ゆるく雑談でもしながらのんびり帰ろうと思っていた矢先。二股に分かれた道でレジェンドが立ち止まった。
「じゃ、せっかくやけん別の道ば行こうかね」
まさかの別ルート下山だった。
どこまで行くのだろう。下っ腹が痛くなると思って、朝ごはんを抜いてきたのがアダとなったらしく、体力がレッドゾーンに突入してきた。
しばらく歩くと、異様に大きいバナナの木が目に飛び込んできた。まだ完熟には程遠い状態ではあったが、青くてちいさいバナナがかなり上の方で房を揺らしていた。
辿り着いた先は、よく見慣れた国道沿い。なんとこのレジェンド、自宅が登山口のすぐ近くだった。そりゃあ日課にもなるわけだ。
ちなみに反対側から見るとこんな感じだ
昭和の夏休み、田舎の原風景といったたたずまいだ。輝く緑がうつくしい。ちょっと歩けばメインストリートがあって、エレナとかココカラファインとかタイヤ館とかあるんだぜ!
川の中につくられた飛び石をハラハラしながら渡っていく頃には、すっかり日も高くなっていた。額に汗がにじみ頬を伝っていったが、突き抜けるような青空が綺麗でしばらく見とれていた。
365日、この山に登り続けるご老人方にとっては見慣れた光景かもしれないが、わたしにとっては新しい故郷の景色として刻みこまれたわけである。
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