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内なる声に耳をすます

トマスエジソンの言葉に、
常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことだ。
というのがある。

そのくらい、私たちは、外から入ってくる情報の影響を受けている。
情報は、五感を通して私たちの脳に届く。

そして脳内で咀嚼され、心に棲みついていく。

心に棲みついた情報は、常識という殻を纏い、世界の一部を構成する。
そうなると、自分で覆すのは至難の技だ。
心は手に触れることができない。
心の状態に気づくには、それなりのテクニックも必要になる。

でも、身体は触れることができる。
自分の意志で動かすことができる。
心よりはアプローチしやすい。

アーサナで身体を使ってあげることで、身体の状態を観ることができる。

ストレートネックや反り腰、力み、奥歯の噛み締め。意識をおくことではじめて気づく、身体のクセ。

アウターの筋肉からインナーへ。
骨格、内臓。
さらに微細なレベルへと意識を広げていく。

呼吸を使って。

呼吸は、身体と心を行き来する。
そうすると、心に触れることができる。

でもそれは、深い集中の中でしか起こらない。
カタチばかりのアーサナをいくらとっても、どんなに難易度の高いポーズをとっても、それだけでは起こらない。

深い海の底にいるような集中、それがアーサナの中にある瞑想だ。
一段深い闇の中で、じっと耳を澄まし、内なる声に想いを馳せたその先に、ふと自分の心が見えることがある。

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