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【文学】 手のひらサイズの短編小説と、現代短歌集と。

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掌説(しょうせつ)。ショートショートよりも短い世界最小の小説統一フォーマットを作りました。基本、400字ちょっとで完結。スマホ1〜2画面ぶんの長さ。ヘミングウェイが作った?と言わ…
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#短編小説

【1分で読める小説】 その9 珍獣と珍虫

独立したムルリン王国から“親善大使”として贈られたのは、最近発見された幻の珍獣だった。姿形はパンダの赤ちゃんに似ていたが、色は白と茶で、動作も鳴き声も全てが愛らしかった。日本政府から飼育を任された動物園はある難題に直面していた。その珍獣は現地では“恐るべき名称”で呼ばれていたのだ。 「どうします、園長?」「仕方あるまい。ムルリン語での正式名称を変えてはならないという条件で特別に贈られたのだ」かくして、その珍獣は正式名称である『ゴキブリ』という名前で一般公開された。ゴキブリを

【1分で読める小説】 その8 試合前の瞑想

6オンスの赤のグローブをつけ終わると、俺はいつものようにロッカールームのベンチに横になった。試合をイメージし、集中力を高めるための瞑想に入るのだ。俺は八度目の防衛に臨むミドル級の絶対王者であり、相手はランキング12位の無名選手。だが油断は禁物だ。 ———左ジャブと見せかけて左フック。奴のガードの後ろをガツンと通す。怯んだ隙に、俺は右ボディを放つ。奴もジャブの連打で反撃。俺がフェイントで距離をつめた瞬間、奴の高速ワンツーが火を吹く。今だっ。0.5秒差でかわし、渾身の右ボディ

【1分で読める小説】 その7 99階の男

「ここは世界で最も高級なマンションの最上階です」不動産屋はそう言って愛想笑いをした。「ふざけんな。このタワーは100階建て。なんで99階が最上階なんだよ。俺はどうしても世界一の部屋に住みたいんだ」「ご安心ください。100階にお部屋はございませんよ」 マンハッタンのど真ん中、ついに俺は世界一の部屋を手に入れたのだ。この夢を実現するために奨学金をもらいながらMBAをとり、IT事業を起こし、がむしゃらに働いた。窓の外には銀河のような煌めきがどこまでも広がっている。この地上の全てが

【1分で読める小説】 その6 父の鉛筆線

「道雄、今日は泊まっていきんさいね」母の勧めに僕は「チャッチャと片づけてすぐ東京に戻るよ」と返事した。父の遺品整理を頼まれたのだ。勘当同然で家を飛び出して以来、帰省は9年ぶりだった。冷徹な科学者らしく、父は遺影まで真面目くさった顔で写っていた。 二階の書斎には煙草の匂いが染みついていた。どの本にも几帳面に鉛筆で傍線を引きながら読んだ形跡がある。「おや、この本は」姓名判断?占いなど信じない父にしては珍しい。何度も開いたようなページが一箇所だけあり、そこにも線はあった。しっかり

【1分で読める小説】 その5 私よりもっと私な私

「OK!由美」私のデジタルクローン、YUMIは画面の中で私に微笑んだ。私より媚びた言い方だ。同じAI研究所の同僚、静香が様子を見に来た。「3年でよくここまで進化したわねえ。あなたの分身」「よしてよ」YUMIと私は同時に答えた。 確かに私の記憶と思考パターンは彼女に完璧に組み込まれている。でも何かが違う。「私は分身なんかじゃないわ」YUMIは私の思ったことを2秒先に口にした。私は沈黙した。「わー、その言い方、由美っぽーい」YUMIの答えを静香が茶化した。 「そんなに私って由

【1分で読める小説】 その1 マスク警察

俺は正義の味方、不織布マスク警察だ。ちょっと前まで自粛を命じる自粛警察だった。今は世の中のため、不織布マスクを推奨する活動を続けている。今日はわざわざ隣町のスーパーまでやって来た。おっ、いたいた、無知なウレタン野郎が。 「ウレタンマスクの飛沫量は50%。不織布なら20%しかない。そういうエビデンスも知らない愚か者が外出してんじゃねえっ!!」俺がウィルス拡散者を成敗していると、騒ぎを聞きつけて警官がやってきた。まあ、よくあることだが。 「おまえを傷害未遂で逮捕する」「ちょ、

【1分で読める小説】 その3 ヨコヅナイワシ

駿河湾で採取された新種の深海魚は、セキトリイワシの中でも特に巨大であったことから「ヨコヅナイワシ」と命名された。全長1.4メートル。まさに横綱クラスの圧倒的な迫力であるが、残念なことにすでに生きた状態ではなかった。 数年後、ビッグニュースが飛び込んできた。駿河湾の南東で、今度は生きた巨大深海魚が確保されたのだ。しかもヨコヅナイワシをしのぐ大きさで。日本魚類アカデミーはすぐさま分析を開始。世界的にも珍しい新種であることが確認された。 命名は難航を極めた。駿河湾の生態系ではヨ

【1分で読める小説】 その2 超大作

(解説)この映画は突然の光で幕を開ける。医師、看護師、そして両親。笑顔が主人公の彼を取り囲む。この上もなくハッピーなオープニングだ。観客の心は一瞬で鷲掴みにされ、その興奮はラストまで途切れることがない。 中盤の山場はセックスシーンだ。初体験を前にした彼の期待、緊張、不安。この複雑な感情をここまでリアルに描き出した名作を私は知らない。なんという高揚感。そして脱力感。「全米が泣いた感動の超大作」という評判も十分うなずける。 ラストも涙なしには見られない。オープニングと同じ病院

【1分で読める小説】 その4 専属ヘアーメイク

ドライヤーの動きに合わせてそのオレンジ色の“生き物”はうねり、暴れたが、最後には完璧な曲線を描いて美しく制圧された。ヘアーメイクの世界的なコンテストで優勝経験もある私にとっては容易いことだ。もう遠い昔、過去の栄光だが…。 私が担当した女優やモデルはことごとく売れた。彼女達は、若い頃の私が人生のすべてをかけて仕上げた「作品」だった。その美貌は名だたる映画監督たちを魅了し、たとえ無名の新人であっても、次々と主役の座を勝ち取っていった。 マスコミからパワハラ経営者というレッテル