2020.3.18 チョウの話 ② 千葉の「ヤマキマダラヒカゲ」は決して「ヤンキー」ではない

チエちゃんから、①に対して、

>アサギマダラではなく、別の蝶の話題だったと思うんで、思い出して、別メールをもういっかい送ってください、という厚かましい催促が来ました。

今、速攻で書いて再度送信しました。

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アサギマダラの話だったと思うけれど、、、。

でなければ、中国から飛んでったのではなくて、千葉県だけに(姿や生活様式を変えて)生き残った、「キヨスミヤマキマダラヒカゲ」の話。1979年頃の、東京大学演習林紀要(あるいはその数年後の日本鱗翅学会の学会誌)に書いてるので、ネットで調べれば出てくると思います。

今から数10万年前(間氷期と言われる地球の気温が高くなって海が上昇した時)、千葉県(房総半島)は本州から切り離されてしまいました。それまでは、千葉県も結構寒かったので、今本州の高い山に棲んでいるような生物たちも、千葉県にも分布していたのです。しかし、気温が高くなっては、棲むことが出来なくなってしまう。行く末は、普通に考えれば、次の2つです。①観念して「絶滅」してしまう。②ほかの場所に逃げる。

山の上に逃げれば、暑さを防ぐことが出来ます。実際、ほかの日本の各県(沖縄県以外の全県に分布)に棲むヤマキマダラヒカゲは、(北海道など低地でも寒い地方は別として)山の上に避難して、今は、通常標高1000m以上の山地帯でだけ見ることが出来ます。

しかし、千葉県には200~300m台の、ごく低い山(最高峰はたぶん408m)しかありません。山の上に登っても、たいして涼しくはなりません。といって、県外(房総半島の外)に脱出することも出来ないのです。他の関東地方と、千葉県(房総半島)の間には、海が広がってしまっています(一番近い山は茨城の筑波山、東京の高尾山、神奈川の丹沢など)。ヒカゲチョウの仲間は、アサギマダラのように、海を渡る能力は持ち合わせていない。

残念ながら①絶滅してしまうしかありません。

しかし、彼らは往生際が悪かった。千葉県にしがみついたのです。逃げもせずに、絶滅もせずに。

ヤマキマダラヒカゲによく似た蝶に、サトキマダラヒカゲがいます。見かけがそっくりなので、以前はともに「キマダラヒカゲ」という1つの種に含まれていました。しかし、体の細部の構造(特に幼成期)や、生活パターン、生理的な仕組みが違うことから、実は2つの全く異なった種からなっている、と見破ったのが、静岡大学の高橋真弓氏(上記麟→鱗翅学会会誌の論文は氏との共著)です。

ともに日本の固有種ですが、名前の通り、ヤマキマダラヒカゲは主に高標高地に、サトキマダラヒカゲは主に低標高地に棲んでいます。両者は、基本的に別々に棲んでいるのですが、といって、いわゆる「棲み分け」ているわけでもありません。もともとの生息地が、それぞれ山と里で、かつ、もともと血のつながりが薄いので、仮に一緒に棲んでいる場合でも、交雑するようなことは起こりません。

もちろん、千葉県にもヤマ→サトキマダラヒカゲは、普通にいます。脱出に失敗し、絶滅も嫌なヤマキマダラヒカゲは、「そうだ、こいつら(サトキマダラヒカゲ)の真似をしよう!」と考えた?わけです。

そのためには、姿形や、生活パターンや、生理的機能(結論を言うと、暑い夏の間は、蛹で休眠する、という方法を獲得した)を変えねばなりません。

これを、生物学的表現では、通常「適応」というのですが、僕は、この言葉が嫌いなので、(というかいろんな疑問があるので)使いません。代わりに、こういう表現をします。

敢えて落ちこぼれ、変わり者、になった。いわばヤンキーですね。「本家」の、千葉県以外に棲む、正しい「ヤマキマダラヒカゲ」からすると、異端者・異常者です。

で、大事な話はここから。

もし仮に、将来気候変動とかなんだかんだあって、これまで通りの生活が叶わず、「本家」が絶滅の危機に瀕してしまったとき、案外生き残ることが出来るのは、すでに「異端者」であるところの「キヤ→ヨスミヤマキマダラヒカゲ」*のほうではないかと。

〈*高橋先生と僕で、新たな亜種名を付けました。僕は、新種とかの命名には全く興味がないので、例外中の例外で、ことに「亜種」という認識は基本的には必要がないと思っています。ヤマキマダラヒカゲは非常に地域変異が多い種なので、亜種名を付けようと思えばいくらでも付けられるのでしょうが、僕が認めているのは、屋久島亜種と房総半島亜種だけです。〉

このことは、人類の将来に置き換えることが出来るかも知れません。もし、近い将来、地球上に何らかの大異変があったときに、生き延びることが出来るのは、エリートたちや金持ちたちではなく、今はひもじい思いをしつつ暮らしている、我々貧乏人のほうではないか、と。さらに穿った見方をとれば、「健常者」ではなく「異常者」とされている人たちが、生き残るのではないか、と。

もひとつ、さらに重要な話は、この後です。

「キヨスミヤマキマダラヒカゲ」は、必ずしも「新たな環境に適応して特殊化した」わけではありません。「本家」たちが捨て去ってしまった、「本来の性質」を再現することによって、生き残ることが出来たのです。

確かに、日本のほかの地域に棲むヤマキマダラヒカゲ「本家」から見れば、キヨスミヤマキマダラヒカゲは「異端者」です。

ヤマキマダラヒカゲの仲間は、東アジアに固有の属で、中国大陸や台湾に数種が分布しています(実態は分かっていない、キマダラヒカゲ属の新たな分類について知りたい方は僕が「あや子版」のどこかに書いてるので探してください)。

そのうちの、中国大陸の長江周辺地域に棲む種を、詳しく調べました。一応、日本のヤマキマダラヒカゲと別種になっているのですが、極めて強い相関性があります(同一種と考えることも可能です)。

こちらが「本家」のさらに「総本家」と言えるわけです。で分かったことは、「異端者」であるはずの、千葉のヤンキーたちは、(本質的な形質に関して)「総本家」のほうとむしろ共通する部分が多かった。

キヨスミヤマキマダラヒカゲは、(より大きな立脚点から見た場合)決して「異端」なのではなく、むしろ「正統」であると。「現在の日本」という視野からは「正常」とみなされる「本家」のほうが、もしかすると世界レベルでは「異常」なのかも知れない、という(我々にとっては少々都合のいい、笑)お話です。

具体的な話については、「海の向こうの兄妹たち、上巻、第一章」に書いています。7年前に刊行した自主制作本のこの本は、残念ながら一冊も売れていない。興味ある方は買って読んでください、とノートに宣伝しておいて!!。

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