エミンさんの本 アメリカの12の経済指標

1.雇用統計 
数ある経済指標の中でも、アメリカの雇用統計ほど株価や為替レートの大きな影響を及ぼすものはない。なぜなら非常にタイムリーでタイムラグのない指標で、様々な詳細なレポートを出すから。
・発表は基本的に毎月第一金曜日のアメリカ時間AM8時半。日本時間PM9時半。夏時間(3月7の第2日曜日から11月の第1日曜日)ならPM9時半、冬時間はPM10時半。
雇用統計のひとつである「非農業部門雇用者数」の数字はマーケット関係者が常に注視している指標。これは自営業者と農業従事者を除いた雇用者数の増減を前月比でみるもので、大体15万から20万人増であれば好調と考えられる。
その他雇用統計に関連した数字で見ておくべきものは、例えば「製造業における労働時間」。これが40時間を下回ると景気後退局面、40時間を超えると拡大のサインと考えられる。

・債券相場は株式市場と逆の動きをするので注意。雇用統計の数字が事前予想よりも良い場合、株価は上がるが、債券相場は急落する。なぜなら、
①金利は上昇すると債券価格は下がる。
②金利が低下すると債券価格は上がる。
から。債券の細かな理屈は覚えなくてもいい。これを頭に叩き込んでおくこと。
雇用統計の数字が非常に好調になれば、株価が上昇する一方、将来のインフレリスク・金利上昇が見込まれるため、債券価格が下落する。これがロジック。ただし状況による。
・為替は素直に反応する。外国為替市場は、株価・債券に対して、景気の現状などまったく考慮せず単純に雇用統計の数字が良ければ買い、悪ければ売り、となる。「非農業部門雇用者数」が伸びれば米ドルは買われ、減ったら米ドルは売られる。これには今の景気が過熱かどうかリセッションかなどは一切関係ない。
・日本の景気サイクルを把握するのに重要視されているのが「有効求人倍率」だが、マーケットに及ぼす影響はほとんどない。日本の景気サイクルを捉えるために一応頭に入れておこう。
・「ADP雇用統計」という40万社以上の給与計算代行しているアメリカのADP社という企業が出してる統計もある。米の労働者の6人に1人が当てはまるという超ビッグなデータべ―スで、データの確度が非常に高い。オフィシャル雇用統計の2日前に公表されるので、少しでも早くポジションを取りたいマーケット関係者にとって関心の高い指標のひとつである。
為替をやっているなら、ADP雇用統計の数字を見て、その2日後に発表されるオフィシャル雇用統計がどうなるかを大まかに判断できる。


2.新規失業保険申請件数
昔からあるが、近年日の目を見るようになった。毎週発表される為雇用統計と比べるとタイムリー性が高いが、数字のブレも大きいので、1週間単位の判断ではなく、数週間の傾向を追うようにすること。
数週間に渡って申請件数が40万件を超えている場合は景気悪化局面にあり、逆に長期に渡って37万件を下回ったら景気回復傾向にあると判断できる。


3.小売売上高
アメリカの景気を見る上で重要な経済指標のひとつ。なぜならアメリカのGDPの7割は個人消費だから。つまり経済活動の7割が個人消費によって動かされているのである。そして小売売上高は個人消費全体の3分の1を占めている。米は消費ベースの経済圏なのだ。
・好調だとアメリカの景気が良いことを示し、株価にとってはプラス、債券にとってはマイナス、為替にとってはドル高要因として作用する。
・小売売上高で把握できるのは、デパートやスーパーでの買い物、ガソリンスタンド、レストランなど具体的なモノを通じての消費動向であり、飛行機に乗って出かけたとか、旅行とか、美容院でカットしたとか、映画コンサートとかのサービスに関連した消費は把握出来ない。
・数字は名目値であることに要注意。名目値とは、物価上昇率を加味しない裸の数字。名目値から物価上昇率を差し引いた数字が実質値。
名目値と実質値は経済指標を見る際の基本なので覚えておくこと。


4.GDP
「国内総生産」のこと。その国において一定期間中に生み出された財やサービスの金額を全て足しあげたもの。自動車、住宅、TVゲーム、医療費、食料品、輸出した財・サービズ、在庫になっているものも全て含まれる。つまり、「その国のアウトプット」。
四半期ベースで作成・公表され、アメリカの場合、年率換算で3~3.5%の伸び率が最適とされる。
重要度は中位。状況次第だが、景気に対しては遅行指数のため、GDPでは景気の先行きを予測することはできず、あくまで現状確認に留まる。株式債券を売買するにあたって判断材料にするような指標ではない。特に景気が安定して推移している状況下なら話題にもならない。但し、景気の転換点においては注目される。実はGDPは総額だけでなく、個人消費や企業の設備投資、医療費や住宅投資、介護給付金、公共投資など、非常に幅広い統計データがあり、セクター別の強弱感を捉えることができる。
・債券市場に対して比較的敏感に反応する。基本的にGDPの数字が強いと債券は売られる傾向が高まる。つまり長期金利は上昇する。弱い時は債券が買われて長期金利は低下する。
・為替レートについては、ほぼ例外なくポジティブ要因として受け止められ、米GDPが好調な時はドル買いが続く傾向が見られる。
総額を見ることによって各国の経済規模を比較できる。各国の経済がどの位のスピードで伸びているか、あるいは縮小しているかを判断する材料となる。


5.個人所得・支出
毎月下旬に米の商務省が作成・公表している指標。米の個人所得、個人支出の前年同月比が注目される。貯蓄率も同時に発表される。
「個人所得」とは、給与、賃貸収入、利子配当金等の合計額から社会保険料を控除した後の個人が実際に受け取った正味の所得を指す。
「個人支出」は自動車や家電製品などの「耐久財支出」で全体の15%、食品や衣料などの「非耐久財支出」は20~25%、旅行や外食などの「サービス支出」65%から構成される。サービス支出は1960年台には約40%だったので、近年米の個人支出は、耐久財・非耐久財からサービス支出へ大きくシフトしている。
この個人支出のことを「PCE」と称し、FRBは物価動向を把握するうえで消費者物価動向(CPI)よりも、このPCEを重視するとも言われている。
個人消費が旺盛になれば徐々に物価が上昇傾向になるため、個人支出の動向を押さえておけば、CPIが上昇する前にインフレの兆候をつかめる。つまりPCEはCPIの先行指数的な存在と考えられる。
そして、個人所得から個人支出を全て除いた後に残された金額が貯蓄となり、預金や株式債券等の資金に回される。なお米は所得の大半が消費に回るため貯蓄率が低く、貯蓄率がマイナスになることもあり、米の家計は基本的に借金体質である。だからこそ金利にセンシティブで金利が上昇すると消費にネガティブな影響を与える。消費がGDPの7割を占める国だけに、金利
上昇が米の経済活動全体に及ぼす影響は無視できない。2022年以降アメリカでインフレが深刻化。通常インフレが進むと個人消費は低迷するが、小売売上高や個人支出が大きく低迷することはなかった。なぜなら家計が借金体質のため、クレカやローンのようなものを利用して借入、消費に回すのだ。ただ、借金をすればその分金利がかかる。この金利が昨今物価上昇に連動して上昇傾向をたどっているため、徐々に借金返済が厳しくなり、さらに金利上昇が続くようだと一気に消費が落ち込む恐れがある。


6.7.消費者信頼感指数とミシガン大学消費者態度指数
経済指標の重要度では雇用統計ほど高くなく、中くらいだが、GDP同様、景気の転換点に注目される。
消費者信頼感指数は米のカンファレンスボードが発表している。5000世帯の消費者を対象に景気や消費動向、特に雇用情勢にフォーカスしてアンケート調査したもので、消費者の視点から米経済の状況を把握できるが、景気の良し悪しが雇用情勢に反映されるまでタイムラグがあるため、やや遅行性がある。
ミシガン大学消費者態度指数は、名前の通りミシガン大学が作成・公表している指標。個人の消費に対する期待感、経済情勢、資金繰り、所得にフォーカスし、500人を対象に電話アンケートを行う。こちらは個人消費のセンチメントに影響を及ぼす項目が中心のため景気の動きに先行しやすい傾向がある。
株式市場において、両者とも指数が下落した際にはネガティブインパクト。上昇傾向または高い水準を維持しているなら極めてポジティブ。
債券市場にとっては両者ともインパクトは少ないが、長期間にわたって強い数字が出続けると、インフレ懸念の強まりから債券に対して売り圧力が高まることも考えられる。
為替市場では、これらの数字が強い時にはドルの買い要因になる。


8.耐久財受注
マーケットに及ぼす影響がかなり大きい指標で、投資家は注視すべし。
多くの経済指標はすでに起きた事実を数字で伝えるものが多く、したがって景気の動きに対して遅行するのが通常だが、この耐久財受注は、メーカーが数か月間から半年間くらいで製造する耐久財の注文を「受注」した段階で把握するため、これから起こることを数字で示す、数少ない指標のひとつであり、景気の動きに先行する傾向がある。
したがって、景気がリセッションの段階で、耐久財受注の数字が多少なりとも好転したときは、数か月から半年先にはリセッションが終わっているという判断につながり、またそれとは逆に、景気が好調時この数字が落ち込むと、この先リセッションに入る恐れがある。
・株価への影響は、景気が低迷している局面でこの数字に改善の兆しが見えたときはポジティブだが、景気が好調な局面でさらに耐久財受注の数字が大きく上昇した場合は、景気過熱と捉えられ、利上げが行われるかもという見通しが浮上し株価下落。いわば「Good News ib Bad News」となってしまう。
・債券は、事前予想に比べ強い数字だと利上げ懸念から債券売りにつながる。
・為替については、数字が良ければドル買い、悪ければドル売りというように、素直に反映される。



9.鉱工業生産指数
米国内で生産された鉱業や製造業の生産動向を指数化したもので、製造業の活況具合を示す指標である。
米製造業が経済全体に占める比率は、2020年時点10.8%と年々小さくなっている。世界の工場である中国の鉱工業生産指数(比率27.5%)は世界の製造業の動きを先行する傾向があり、その観点でいえば日本(比率約20%)のそれは一致指数であり、米のそれは遅行指数であるが、FRBが直接算出していることと、製造業は景気の良し悪しを敏感に反映するため、サービス業中心のビジネス構造下の米においても無視することはできない。実はサービス業は景気変動に対して安定的であるという特性があり、景気の動向が反映されにくいのだ。
株価に影響する指標ではないが、景気の動向を敏感に反映するため、景気の転換点を把握するに適している。
「設備稼働率」も同様にFRBが作成・公表している指標で、マーケット関係者から注目される。設備稼働率とは、生産能力に対して実際にどの程度の生産量なのかを示したものである。この数字が80%を超えると、設備投資が活発に行われると同時に近い将来のインフレ懸念から、債券市場にとってはネガティブ要因となる。


10.ISM製造業景況指数
9の鉱工業生産指数とともに、製造業関連の重要な指標。ISMとは「全米供給管理協会」のことで、米で最も権威ある職業組織のひとつで、アリゾナ州をベースにしている企業の購買担当者が集まってできた組織。毎月、製造業・非製造業の購買担当者に大きなアンケートを行う。大事なのは製造業のほうで、毎月第一営業日に発表される。
この数字が50を超えていると景気拡大、下回ると景気後退を示唆し、米経済の場合、この数字が50ならGDP成長率が2.5%程度になり、1ポイント上がるごとに0.3%づつ押し上げられると言われている。
・株価にとって50を超えて上振れるのは、ポジティブ要因となり、特に景気低迷期にこの数字が50を超えてくると、景気回復局面に入ったと考えられる。但し景気過熱局面でさらに上昇すると、インフレリスクが高まり株価にとってはネガティブ要因となる。
・債券市場はISMに対してかなり敏感に反応する。事前予想に比べて強いとほぼ例外なく債券が売られ、金利が上昇。
アメリカの長期金利は、ISM製造業景況指数に対して70%程度の相関性があると言われている。
・50以上が続くと金利上昇圧力のため、債券は売られ、株式は買われやすくなる。
・債券にとって45~50が居心地の良い水準で、債券が買われて金利低下、
特に45以下になると債券への投資意欲が高まり、債券価格が大きく上昇する一方、金利が大きく低下する。
・為替は、50以上でドル買い意欲が強まる一方、50を下回るとドル売り圧力が高まる。



11.新規住宅許可件数
アメリカの住宅市況は景気に対して非常に敏感だ。景気が悪くなりそうだと真っ先に悪化し、景気に回復の兆しが見えると真っ先に良くなる。
最大の要因は金利であり、2022年に米長期金利は1%から4%まで上昇したので、住宅セクターには強いブレーキがかかっているとみられる。
「新規住宅着工件数」は建設されたタイミングでの統計であり、許可件数は着工前段階の基礎掘削の許可件数であるため、こちらの方が景気の先行指標と言える。
住宅が景気に強い影響を及ぼす理由は、視野が極めて広いためだ。鉄鋼、木材、ガラス、家電、家具など様々ものが必要になる。米では新しい住宅を1000棟建てると、2500人以上の正規雇用が生まれ、1億ドル以上の給与が支払われると言われている。
件数が伸びているときほど株価は堅調に推移し、債券市場にとってはネガティブ要因となる。



12.消費者物価指数(CPI)
米労働省が毎月作成・発表している経済指標で、消費者が購入する商品とサービスの価格変動を測定したもの。つまりこれが前年同月比でプラスだと物価上昇、マイナスだと物価下落を意味する。毎月ある程度の高さで上昇し続けるとインフレ懸念が生じ、逆だとデフレ懸念となる。
理想的な物価上昇率は2%とされる。ただしこの数字には一切科学的根拠はなく、何となくのコンセンサスである。


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