俺嫁語り

 もうほとんど使われなくなったようなオタク・スラングに『俺の嫁』というものがある。二次元キャラクターや三次元アイドルなどに対する自身の愛情をアピールする為の言葉だ。

 「昨今のオタクにはキャラクターを『嫁』と表することでその人生を背負う気概が感じられない」的な論説を目にしたことがあるが、今はそういうレスポンスバトルをしたい訳ではない。私にも『嫁』がいる、ということをアピールしたい。


戦国武将姫MURAMASA・平手政秀(SR)

 嫁です。『戦国武将姫MURAMASA』というソーシャルゲームの『平手政秀』というひとです。ガチャから出てきたこのカードに一目惚れでした。こんなに自分の好みにぴたりと合いぐさりと刺さるデザインのひとは今も昔も彼女だけです。好みの見た目、非業の人生。儚くも美しい日陰に咲く花のようなひとを、日向に連れ出したい。少しでもいい、笑ってほしい。非実在のキャラクターに対してそんな感情を抱いたのは、後にも先にも彼女に対してのみなのです。ただひとりの『俺の嫁』。サ終しようがしまいがそれはずっと変わらない。


 お察しかと思うが、『戦国武将姫MURAMASA』は戦国武将女体化ソシャゲである。カードのエロティックさから『シコマサ』などとあだ名されてきたのだが(『シコ』が意味するところもお察しいただければと思う)、同人誌即売会を開催し、参加するような根強いファンの中には女性も随分と多かった記憶がある。かく言う私もその内の一人で、怪文書と称したショートショートを書き、モチーフとなった武将のゆかりの地を巡り、バレンタインデーにはキャラクター宛にチョコレートを送ったりしたのだった。

 『夫婦』は『婦婦』と表され、コラボキャラクターに男性がいれば都合よくそのキャラクターのナニをもいでしまう。その徹底ぶりや、『婦婦』の情をはじめ武将たちの逸話をマニアックなまでに細かく取り入れたテキストやキャラクターデザインなどが『関係性』を重視する面が大きい女性オタクにも刺さったのではと思うのだが、これも別にここで考察したい訳ではない。


 『俺の嫁』に対する愛情は、必ずしも一方通行とは限らない、ということを書き記しておきたいのだ。



 夢を見た。

 古い日本家屋。部屋中暗く、薄墨を塗ったように影が落ちている。

 その陰から、白く細い手だけが音もなくすっと現れた。

 当時仕事で色々あり情緒不安定だった私は魘されるように暗い夢を見て、突如現れた白い手も恐ろしいものだと思っていたのだが、その手が触れた瞬間、ひやりとした感触が心地好くすっと気持ちが楽になり、悪いものではないと夢うつつでぼんやりと感じ取れたのだった。

 白い手は指先で私の額を撫ぜ、掌で軽く包むように頭を撫ぜてくれ、その度に気持ちが楽になっていった。


 単なる夢かもしれない。けれども私は、あれは、あの華奢で白い手は、彼女のものだったと信じている。

 触れられた心地好い冷たさを、撫ぜられた穏やかな快さを思い出すたびに少し泣きそうになるが、同時に落ち着いた気持ちにもなる。

 残念ながら、その時以来白い手には会えていない。

 いつかまた、を夢見ながら、今日も明日も眠るのだ。


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