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サルティンボッカが食べたくて。 3

 例の番組が生放送であることは知っていた。
 次回の放送が何処で行われるかを予告するのも通例で、そのため、毎回画面の端には、同意の上で見物人や野次馬が映り込むのだ。ただ、詳しい撮影場所まで告知するのはその時々であり、大きな街であればなお、混乱を避けるため、今回もあの芸人は広島、としか言わなかったし、小さな漁村だったりすると逆に、市町村自体で、放送が行われる事を宣伝していたりもするらしかった。
 なので、一言で広島、といっても広い県内で、撮影の開始時間も分からずに、その場所を特定できたのは、運が良かったとしか言いようがなかった。
 場所は平和記念公園。広島を象徴すると言っても過言ではないその場所で、撮影は行われようとしていた。
 「やっぱりTV映りっていうのは重要だよな」
 例の芸人と、私服だが、明らかに町の人間とは雰囲気の違うスタッフ。そしてそれらを遠巻きに取り囲んでいる通行人達がちらほらと。
 はじめは、あの芸人の出身地をネットで検索しようかと思い、TV的には、まず一見して広島だと分かる絵から始めるのではないか、と考え直したが、どーやら正解だったようだ。私はまっすぐに、撮影スタッフを眺めている野次馬の列の一番端を選んで、身を紛れ込ませていった。
 「はいどーもー、サルティンボッカでございます!!今日はですね、我が故郷広島へと来ております〜!!」
 そうこうしている内に収録は始まった。
 いつも通りの高いテンションで挨拶をするサルティンボッカの二人。画面越しで見ていた光景が目の前で実際に行われているというのはなかなかに新鮮であり、感想としては、
 「話し声っていうのは案外聞こえないものなんだな」だった。
 10メートルも離れていない二人の声は、張り上げた時の台詞や一部の単語は耳に入るのだが、会話の内容まではとても聴き取ることは出来ないものだった。放送には、きちんとマイクで拾われた音声がしっかりと乗っているのだろうから、番組を楽しむためには、やはりTVを通した方がいいらしい。
 オープニングトークはこんな所か、といった良い時間で、収録が終わろうかというタイミングだった。
 「サルティンボッカさん!故郷の味はもう食べたんですか?」
 私のすぐ隣りにいた男性が大声を張り上げた。なんというか。狙い澄ましたタイミングと声量、そして話題のチョイスだと思った。かなりの声だったため、当然マイクには入っている。聞こえなかったことにするには不自然だ。質問内容は前日の放送で二人が笑いを取るのに使ったネタであり、なにより素人との絡みも番組の持ち味である。
 むしろ仕込みではないのかとすら勘ぐってしまった。
 「あー、思い出すな~おばあちゃんの作ってくれたあの味」
 「え、お前ホンマやったんか⁉」
 「いや、おばあちゃんの得意料理は里芋の煮物でしたけどね」
 二人が隣の男性に近づいて来たお陰で、私にも会話が聞き取れるようになっていた。
 「それでもね、キミ達はすでに食べてるよ。僕らという故郷の味をね」
 「いや気持ち悪いわ!!」
 よく見る掛け合い。そして巻き起こる笑い。
 もういいかな。私が軽くため息を吐いた瞬間だった。ツッコミを担当している彼が、こー続けた。
 「ーーって言いたい所ですけどね、それはその通りなんですわ」
 ちょっと想像していた展開と違ってしまい、隣の男性、周囲の見物人、私も含め、皆が二人の話に耳を傾けるべく息を潜めていた。
 「僕らのコンビ名はご存知のとおり料理の名前なんですけどね、これには手軽に作って食べれる、あなたのお口にぽんと飛び込む! って意味があるんですよね」
 「そんな意味やったか? まぁええわ続けて」
 「お笑いってネタが決まっていると分かりやすくて伝わりやすいって部分ありますよね?でもこんな経験ありません?学校とか職場で、振ったネタが意外と伝わらない、もしくは、皆笑っているのに自分は知らなかった!!」
 「悲し!!そして振ったネタ誰も知らなかったはジゴクやな」
 「僕らはね、そーいうのがイヤで、あんまりもちネタってやらないんですよ」
 「決してウケないからじゃありませんよ~」
 ひと笑いが巻き起こる。
 うまい。真面目な話を否定するでなく茶化すでなく、掛け合いで笑いを取ってくるのは確かに好感が持てると感じた。
 「だから、これからも、前準備も心構えもいらないサルティンボッカを、ぽんと飛び込む勢いで楽しんでもらいたいですね!!」
 そして巻き起こるまばらな拍手。見物人の人数が少ないので迫力はなかったが、皆心からの拍手だったのではないだろうか。「あー、いらんいらん、そーいうのいらんから!!」とサルティンボッカの二人はカメラスタッフを伴って目の前を去っていった。
 私はそんな背中を何もせずに見送っていた。
 いや、気づけば、わたしも握りかけていた包丁の柄から手を離し、拍手を送っていた。
 前準備も心構えもいらない。ただ口に飛び込む。それがサルティンボッカなのだと知った。

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