土地遣い 最終話 アザミの花

 香山集落での実地取材は丸梅商店への再訪が現時点では最後となった。
 その後、僕に娘が5月末に生まれたが、新型コロナウイルスの影響によりいまだに実家に帰ることを見合わせている。
 本来であれば実家の家族に娘の顔を見せに行きたいところではあるが、父が基礎疾患を持っていること、祖母が高齢であることから実家に帰るのはいつになるかわからないのが現状であった。
 そうこうしているうちに、季節は春になり、気づけば7月になっていた。
 あれから、香山へ訪れていない。

 しかし、現地には行けなくともカンちゃんを始め、実家の家族、話を聞かせてくれる方々と電話等でやり取りをして、少しずつではあるが色々と見えてきたことがあった。

 かつて僕が祖母から聞き取りした「神木と縁」という怪談がある。
 これは祖母が嫁に来た頃、S家という家が僕の実家がある集落に引っ越して来て、桐の御神木を切り倒し、売ってしまったことに端を発する祖母の体験談である。
 その後、S家は厄災に見舞われ結果としてS家は現在では、生まれてくるはずだった子供も含めて一族が恐らく全て滅んでいる。
 ただ、一人を除いて。
 僕が祖母から怪談を聞き取った後に、このS家最後の一人が自分の身近な人であったことが発覚し、恐ろしくなって僕は長年の間この怪談を語ることを封印していた。
 まるで、怪談の中で語られた因縁めいたものが、怪談に触れた僕に自らの意思をもって近づいてきたかのように感じたからだった。
 S家の邸宅は屋根が落ち、草に埋もれているが、現在も廃墟として集落に残っている。

 この怪談については後に動画やイベント等で公開し、現在は2015年にアップロードしたニコニコ動画内【百物語全部俺】その十一 第百話「神木と縁」で僕が語っているものを聴くことが出来る。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm27205402
 こちらの動画に収録されており、45:30~からの怪談である。
 聞いたことが無い方はこの後の記述に関わることになるので、本文の続きを読む前に是非参考にしてほしい。

 「現彫山家と旧彫山家は絶対に親戚ではない」
 この意味について、聞き取りをしていてわかったことがある。
 旧彫山家とS家は親戚関係にあたるのだ。
 旧彫山家では当主、息子が立て続けに亡くなっている。
 親戚関係である旧彫山家にもS一族の厄災が降りかかっていたのだ。
 旧彫山家の生き残りである、青いトタン屋根の小さな家に住んでいた老婆はS家最後の一人となる老人の遺体が発見される直前に、近所の人によって家の中で孤独死しているのが見つかっている。
 彼女が亡くなっていることを近所の人が見つけたため、S本家に知らせに行ったところ老人が亡くなっているのを発見したという経緯だった。
 生き残った老婆は生前、集落の人にこう語っていた。
 「おらえみんな死んずまったがらよ」
 この時点ではまだS本家にある老人の遺体は発見されていない。
 しかし、この言い方はまるでS本家の老人が既に家の中で死んでいるのがわかっているかのように感じてしまう。
 恐らく老婆はS家を取り巻く因縁を見ていて思うところがあったのだと思う。きっと、既に自分以外全員死んでいる、と。
 この後、S本家は廃墟のまま放置され、旧彫山家は長年放置されたのちに、セイジさんにより約五年程前に解体されて現在のシェパードと車庫がある土地になった。
 「現彫山家と旧彫山家は絶対に親戚ではない」の意味とは”もし、現彫山家が旧彫山家と親戚であったならばS家とも繋がることになるため、まともに今まで生きていられるはずがない”という意味だったのだ。
 集落の方から聞き取りをしていて感じたのは、S家があったのは香山集落ではないにも関わらず、現在でも一族全てを滅ぼしたS家の厄災を強く恐れている。だから今も生き残っているのは親戚であるわけがない、と思っているのだ。
 この事実に触れた時は、心底鳥肌が立った。
 S本家から始まる因縁は枝分かれしており、一つは”神木と縁”として僕自身へと降りかかり、もう一つはこの”土地遣い”へ形を変えて再び僕の前に姿を現していたのだった。
 S家は僕の集落以外の周辺集落へも、いまだに深く闇を落としている事実が分かった事にもぞっとしていた。
 それだけ、集落の老人たちははっきりと口には出さないものの、S家の因縁を今も恐れているのである。

 ”土地遣い”をまとめるにあたって、疑問に思った事がある。
 旧彫山家は長年放置されていたが、突然セイジさんにより姿とその意味を変えることになった。当時のセイジさんは既に70代である。
 70代の老人がある日突然このような方法を思いつくものだろうか。
 既に知識として知っているのであれば、とっくに着手してもよかったはずだ。長年、旧彫山家は手つかずで放置されていたのだから。
 この点は不自然である。
 その答えとして考えられるのはセイジさんにアドバイザーがいたのではないか、と。
 セイジさんが旧彫山家に手を付ける前に、その手法を教えた誰かが。
 僕は相当な量の実話怪談を見聞きしているが、このような土地のケースは初めてだった。はっきり言って相当に異質なケースである。
 このような形の忌み地を、老人がある日突然一人で思いつくとは僕には思えないのだ。あまりに違和感がある。
 その後にアドバイザーの存在について聞き取りを続けたが、そのような人物がいたのか、また誰だったかについて行き付くことは出来なかった。
 しかし、調べていくにつれてこう考えるようにもなっていた。
 僕が知らないだけで、日本中にこのような土地があるのかもしれない、と。
 何故ならば、やり方の原理さえ分かれば、例えば霊能力のような特殊な能力などなくとも作り上げる事が可能であるからだ。
 何故か凶事が起こるという忌み地に纏わる怪談は日本中に数限りなくある。怪談好きならいくつかそういう話を聞いた事があるだろう。
 それらすべてが本当に”過失”によって生まれた忌み地なのだろうか?
 ”土地遣い”に触れた僕には、もはやそう思えなくなっていた。
 土地遣いは、日本全国にいるのかもしれない。
 「金を稼ぐいい方法があるよ」と誰かに耳打ちするアドバイザーも。
 もしかしたら、これを読んでいるあなたの近くに。

 セイジさんのその後について、連絡が僕のところに来た。
 「セイジあんちゃな、ほろげっつまったど……(※廃人同様になった)」
 セイジさんは少し前に突然精神が不安定になり出した。
 会話をしている時にほんの少し気に障った瞬間に誰であろうと激怒し、人前だろうがどこだろうが唾を飛ばしながら怒鳴り散らしていた。
 その様子が恐ろしく、香山の人々は彼に近づかなくなったそうだ。
 そのうちに、今度は何を言っても突然泣き出すようになっていた。
 「ほだごど(※そんなこと)、ししょあんめした(※しょうがないだろう)」
 いつもそう言ってセイジさんは大声で泣き崩れる。
 もはや話の流れなどは全く関係がなくなっていた。
 だんだんと、セイジさんは正常に人と話す事が出来なくなり、今では全く会話することも、歩くことすらも出来なくなったために家にいるとのことだった。
 僕が香山集落で聞き取りをしていたのが令和2年1月、現在これを書いているのは同年7月なのでわずか6か月間でセイジさんはそのような状態になってしまったことになる。
 「セイジあんちゃ、もうあんま長くはねえぞってみんな語ってんな」
 集落の人々ではそう話されている。
 現在はセイジさんの介護のため、エリさんはシェパードを閉めて家にいるそうだ。車もセイジさんが通院する時の事を考え、車庫から現彫山家の敷地内に移動しているという。
 これを聞いて何とも言えない気持ちになってしまった。
 まるで、セイジさんが”土地遣い”をして後悔しているその気持ちを、セイジさんが精神の淵で最後にエリさんを土地の上から離すことで救おうとしているかのように感じてしまったからだ。
 しかし、それと同時にあの土地は作り上げたセイジさん自身を闇に飲み込もうとしている最中でもあるのかもしれない、とも思っていた。
 現在、あの土地の上にいる人は誰もいない。

 旧彫山家の土地に老婆の住んでいた小さな家がまだ残っていたころ、僕はタイチと何度もその前を通ったことがあった。
 蔦や葛が青いトタン屋根まで届いていたあの廃墟。
 その周りにはたくさんのアザミの花が咲いていたのを覚えている。
 毒々しいまでに鮮やかな紫の花と、鋭い棘が生えた葉。
 季節はもうすぐ夏になる。
 きっと今は辺りにアザミが咲いているだろう。
 僕はあの土地一面にアザミの花が咲く様子を想像する。
 アザミの花言葉は「報復」「触れないで」

 香山に、夏が来る。

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