土地遣い 13 地鎮祭、井戸

 電話に出たカンちゃんは驚いていた。
 「いきなり、どうした、宗教勧誘じゃねぇべな」
 タリサマとなったカンちゃんは笑いながらそう言っていた。
 返しが相変わらず上手だなと、となんだか嬉しかった。 

 「香山のシェパードと車庫建てる時の地鎮祭な、俺も行ってたよ」
 やはりカンちゃんは目撃していた。
 以前のお守りナイフの件といい、今回もこの男は僕を助けてくれた。
 興奮を抑えながら、状況を聞くことにした。
 「あれ、変だったぞ」

 カンちゃんの父親に、セイジさんからある日地鎮祭の依頼があった。日程を調整して現場へ行くと、その場には既に工事のための業者がスタンバイしていた。
 「その時点でおかしくね、ってちょっと思ったのよ。なんで業者いるの、てよ」
 地鎮祭の方法は全国多様である。このあたりの地鎮祭での手順はまず、上物をさらい、土地自体に手を付ける前に地鎮祭を行う。そして数日時間を空けてから工事に着手、土地に手を付けるという流れである。
 このあたりでの地鎮祭の位置づけは「土地の神様に対して『この土地を私のために手を付けてもよろしいですか』というお伺い」といった形だ。そして数日開ける期間というのは「土地の神からの承認、返答」の期間と考えられており、この数日間の間に凶事や不幸があれば土地の神が土地に手を付けることを許していない、ということだ。
 その後、何も異常がなければそのまま着工するという流れになっている。
 カンちゃんと父親が現場に行ったときにおかしいと思ったというのもそのはずである。着工は数日後であるため、その場に業者がいること自体おかしいのである。
 「親父と、え? って顔見合わせたんだけどセイジさんが、『こんじ(※これで)いいんだ、こんじいいんだ』って何も言ってねぇのに繰り返すしよ、何も言えねえから、親父が『井戸も二つ、やるんだべ?』って聞いたらよ」
 井戸。
 やはりあそこに井戸はその時点で二つあったのだ。カンちゃんの話と調べた場所はやはり一致していた。井戸があった場所はシェパードの裏手と車庫の南側付近であり、この位置は二度の放火の出火元と一致する。
 やはり井戸は現在、あのコンクリートの下に埋まっている。
 「そしたらセイジさんなんかおかしくてよ、『ああ、まず地鎮祭やっちまうべ』って」
 何故か、セイジさんはとても焦っているようにも見えたそうだ。
 セイジさんに急かされるまま、二人は地鎮祭を行った。
 地鎮祭自体は何の異常もなく、執り行われた。
 「終わってから親父が『井戸やんべか』と言ったっけ、セイジさん『いい、いい、今度でいい』つうのよ、あ、日にち開けっからその時にやんだべな、と思ったのよ」
 その会話の直後である。
 業者が突然工事に着手した。
 「びっくりしたよ、だって待ってた業者、まさかマジでやると思わねえべ。そんなのアリかって親父とドン引きした」
 通常開けるべき日にちを開けず、そのまま工事へとなだれ込んだ。
 土地の神から返答を待つことなく、そのまま土地に手を付けたことになる。このあたりでは絶対にやらない手順である。
 都市部でたくさんの人の出入りがある土地ならばまだしも、このような環境で過去から連綿と続いていた宗教的儀式を突然違うやり方でやるということは、基本的にありえない。さらに、セイジさんは退職する前は建設業を営んでいた。このような手順は百も承知のはずである。
 地鎮祭の際に工事業者をスタンバイさせておいて、間髪入れずに着工するなど僕も聞いたことがない。
 付近の住民から聞いた「シェパードと車庫の工事の際、地鎮祭がおかしかったらしい」
 「いや、よぐわがんねげんじょも、あったの見だごどねぇつうもんだったらしいど」  
 これらは、この時のことを指していたのだ。
 「なんでってびっくりしたけどよ、セイジさんが『こんじ、いいんだ』つうし、その時は帰ったのよ。あんなの見た事ねえ。近所の人も何人か来てたけど『いいんだべか、いいんだべか』ってひそひそ喋ってたぞ」

 井戸はその後どうしたの、と聞いたところ多分、親父が後でやったんじゃね、と言うがカンちゃん自身は見ていないしわからないという。親父さんに聞いてくれよ、と言ったところ、電話を持ったまま聞きに行ってくれた。
 「親父、香山のシェパードあんべ、地鎮祭の時、後で井戸やっぺって言わっちゃげんども、あのとこの井戸、結局やったの」
 電話の向こうでカンちゃんが聞いている。
 「いんや、やってねえよ。次通った時いきなりコンクリで埋めらっちだぞ」
 やはり、井戸は宗教的儀式を行わないまま二つともコンクリートで塞がれていた。しかも、セイジさんの反応を見ると何故かわざと行わなかったのではないか、とすら思える。別に地鎮祭と井戸封じに関しては日にちを開ける必要は全くなく、その場で行ってしまえばよかったのだ。現にカンちゃん達親子がそれを申し向けても何故か断っている。
 今度でいい、と言いながらその”今度”がないまま井戸は埋められてしまった。さらに、僕は他の住民から「井戸埋めやっとぎよ、そこら辺の工事のゴミだの、家のゴミだの井戸ん中さぶん投げた(※捨てた)んだぞ、見だっつう人もいんだ」という話も聞けていた。
 カンちゃんが言う。
「親父がよ、でも言うんだよな。『セイジさんは大したもんなんだぞ、工事はめちゃくちゃだったけんども、エリちゃんのためにシェパードと車庫建てたんだがらよ』って言ってたぞ」
 僕は他の集落の住民からも
 「エリちゃんとセイジさんは仲が悪くてよくセイジさんがなる(※大声で怒鳴る)のを聞いてたげんじょも、エリちゃんのためにシェパードと車庫建ててからはセイジさん大人しくなったんだ、大したもんだ、がなっててもやっぱり嫁は嫁だ、めげえ(※可愛い)んだべ」
 そんな話も聞いていた。

 土地の神の返答を待たずして、着工した土地。
 ゴミを投げ入れ、宗教的儀式を行わないままコンクリートで蓋をした井戸。
 シェパードを実際に訪れた時にふと気づいた事、残した記録。
 丸梅商店での老人たちとの会話で感じた微かな違和感。
 香峰神社に放置された旧彫山家二つの位牌。
 何故、こんなことを。

 このあたりまで考えて、頭にある一つの仮説が浮かんでしまった。
 しかし、こんなことがあるのか。
 僕はこの話を調べようと思った時に、こんな方向へ進んでいく事になるとは思いつきさえもしなかった。
 住民たちからの話を思い出すと、彼らはきっとこのことに気づいている。香山集落の中の一部の人々の間では共通認識としてあるのだろう。そう思って考えると、全ての会話や違和感、行動のつじつまが合う。
 僕は鳥肌を立たせながら、再び丸梅商店に行くことを決めていた。
 闇が、口を開けていた。

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