土地遣い 5 転倒事故

 ※聞き取りの言葉や様子、表現を再現するため、出来る限り原文のままで書いている。聞き取り対象者の言葉なので、方言が多用されているため、単語レベルで違うものにはカタカナで単語を書いた後、括弧内に※書きでその意味を書くことで補正する。

 車庫の窓が壊されてエリさんの車の窓ガラスが割られ、バッグが盗まれた車上狙い事件の後、次に起きた事は転倒により人が亡くなった事だった。
 母はこの時の事を話す。
 「冬だったべ、寒くて凍ってたのよ、朝はこの辺全部凍っぺした。雪はねがったような日だったんだな」
 会津地方は豪雪地帯である。そのため冬になると行政が依頼した業者が日が昇る前の暗いうちからブルドーザーで車道の雪を排除する。日中に雪が降り続ければ、ブルドーザーは集落を巡回しながら雪を排除し続けるが、日中が晴れていれば、朝起きると雪が排除され、圧雪、凍結路ではあるが車自体が通行できないような状態の雪道ではなくなる。

 この日も日中は晴れており、早朝のブルドーザーの力によって路面の雪は排除されていたが、道路自体は凍結路であった。
 「昼前だったと思うんだげんじょ、トヨさんがシェパードさ行こうとしたんだよな。エリちゃんに忘れもん届んだが、なんだか用事あっただか」
 彫山家の家族構成について書く。
  彫山家は家長にあたるセイジさん、その妻トヨさん、二人の息子であり町場でバー「ハスキー」を経営するゴウさん、その妻で美容室「シェパード」を経営しているエリさん、二人の息子である小学生のカズキ君の五人暮らしである。
 家長であるセイジさんは80歳近く、トヨさんは70代半ばであった。
  母が言うトヨさんとは、このセイジさんの妻にあたる人だ。
 「したっけ、美容室のとこってコンクリ敷だべした、道路から入ったとこすぐで滑ったんだな、ほんじその勢いで下のコンクリさ後頭部打ったんだど。転んだ音と『うぅ、うぅ』って唸った声聞いでエリちゃん飛び出してって見っけだんだどな」
 転んで直ぐに気づいたエリさんが、シェパードを飛び出し発見した後、すぐに救急車で運ばれたがトヨさんは帰らぬ人となった。
 父と母、そして祖母はトヨさんの葬儀に参列している。
 祖母はトヨさんの葬儀について話す。
 「いやぁ、見てらんにがったぞい、言ってみよねぇなぁ。セイジ兄ちゃはわんわん泣いで『堪忍してけろ、堪忍してけろ』ってガナッテ(※大声を出す、の意味)よう、声なんかかけらんにで、あんじはよ」
 事故による、死去。
 トヨさんの葬儀はセイジさんの嗚咽と悲しみに包まれていた。
 その後、しばらくの間シェパードは閉店していたという。

 母は、その後起きた二件目の転倒事故について話してくれた。
 「トヨさん亡くなって、裏の火付けの後だなぁ、今度金井さんとこのジサマ転んだんだな」
 その日も前回と同じくまた冬の日であった。
 雪が多いときにはブルドーザーで排除しきれなかった雪は歩道と車道の間に寄せられ、積まれていく。
 この年はさらに雪が多く、車道からどかしきれなかった雪がそのまま歩道上に強引に押し込まれ、車道は確保されていたが歩道は実質歩くことが出来ず、車道の脇を歩行者が歩く、という状態になっていた。
 「雪凄くてな、おめぇもわがっぺ、雪多いと歩道無くなっぺした。だがら、みんな道路の脇歩くべ、金井さんとこのキヨタカさんもそうしてたのよ」
 金井家とは、彫山家の南側に位置する家である。
 キヨタカさんとはそこの世帯主である人で、当時70歳くらいだったという。
 「金井さんとこのキヨタカさんは歩くのよ、足も元気だったし、頭もモボッチねぇし(※認知症ではない、の意味)、昼過ぎになっといっつも散歩してだんだ」
 母は当時現役で営業の仕事をしており、集落を回っていたので今でも周辺の集落の事情にとても詳しい。
 車で周辺集落を回る営業の途中で、色々な家にお邪魔しては、年配の方相手に話を聞いたり、自分が解決できそうな問題だったら、自ら手配したり人を頼ることで要望を聞いていた。
 それは営業に直接関係のないことでもそうしていたようで、料理鍋を持って出勤して、他所の家で料理を作って出してやったり、独居の年配の人のために、ちょっとした買い出しをしてあげたりしていた。
 元来、おせっかい焼きなのである。母は年配者を中心に周辺集落でかなり有名で、僕自身が「〇〇(父の名前)の息子さん」と呼ばれるより「〇〇(母の名前)の息子さん」と呼ばれる場合がとても多かった。

 「キヨタカさんな、多分、歩道ねぇべした、だから、シェパードの近くまで来た時にきっと、そっちの駐車場のほうから行くべと思ったんだど思うんだ。あそこはエリちゃんがいっつも雪かきすっから、あそこのコンクリ敷のとこはいっつも雪ねぇから歩きやすいのよ、そんでそっちさ行っただな」
 母の話では、キヨタカさんは集落の真ん中を通る道路を歩いている際、歩きにくい車道の脇を通るのを避けるため、車道脇から逸れてエリさんがいつも雪かきをしているシェパードの前にあるコンクリート敷の敷地内を歩いていた。
 そして、トヨさんと同じく凍結した地面で転倒し、コンクリートの地面に後頭部を強打した。道路に倒れているキヨタカさんを配達中の郵便局員が見つけ、救急車により運ばれたが、キヨタカさんもそのまま亡くなった。

 母はその後の彫山家の様子について言う。
 「凄く、暗かったな、葬式でもよ。茫然としてるっつうか、なんつうか、セイジさんずっと泣いてたな」
 トヨさんと同じ場所で、同じ原因で近所の人が亡くなった。
 相当なショックだっただろう。
 「別に金井さんとこも、誰も彫山さんとこ責めねぇし、それはひとっつも悪いどこねぇんだげんじょ、セイジさんは自分のせいだ、と思ってたんでねえべが。俺が悪がった、って顔してたんだ、自分のせいだって思ってたんだあれはよ」
 五年ほど前、あの土地にコンクリートを敷き、車庫と美容室を作ったのはセイジさんだった。その事もあり、セイジさんとしては責任を感じていたのかもしれない。
 「何なんだべな、あそこはよ、泥棒だの火付けだの変なごど、悪ぃごどばっかおごんだで、人二人死んでんだがんな。お母さんもおがしいど思ってっし、近所の人も何なんだべな、あそこは危ねえって言ってんだ、冬の日は歩いちゃなんねってよ」
 僕も高校を卒業するまでこの山村に住んでいたわけであるが、冬に路面が凍結していたことにより、転倒でけがをした、というのは聞いたことがあるが、人が亡くなることなど、あまり聞いたことがない。死亡事故として屋根から落ちた雪の下敷きになって亡くなった、というのは聞いたことがあるが、転倒して人が亡くなるのは、少なくともこの土地ではそれ自体が稀な事である。
 しかも、同じ土地で二人亡くなるというのはそれだけ異常なのだ。

 転倒事故については、多くの人が知っており、母以外にも他の住民からも話を聞いているが、冬の日はあそこの前を、土地の上を決して通らないようにしている、と誰もがそう言っていた。
 あそこで人が二人も死んでいる、と。

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