実話怪談「鏡柱」 1 起点A

 ※この話については、場所、人物について仮名や特定を避ける事を目的として多少の虚構を加えている。しかし、それらに差し障りのない部分については全てフィクションではない。


 あれは2006年ころだったと思う。
 当時大学生だった僕は、友人たちと大学の近くの居酒屋で飲み会をした。
 しこたま飲んで、歩いて帰るのがあまりに面倒だった僕は、家が近かった友人とタクシーに乗ることにした。
 大学生の身分だったが、アルバイトの給料日を迎えたばかりで財布には余裕があったのだ。
 たまにはいいでしょ、と赤ら顔の僕らはタクシーに乗った。
 運転手は「お兄ちゃんたち飲み会帰り?いいねぇ、〇〇大学かい?」と僕らの大学を言い当て、上機嫌だった。
 そうだ、せっかくのチャンスだ。
 話好きそうな運転手にさっそく話を振る。
 「運転手さん、僕、怖い話が大好きなんですよ、さっきも僕らそんな話で盛り上がって、なぁ」
 友人の顔を見ると「また始まった」と言わんばかりに僕の方をあきれ顔で見ている。
 この当時から怪談の収集をしていた僕は、酔った勢いと運転手の話好きそうな雰囲気と、好奇心のままにいつもの決まり文句を問いかけた。
 「今までに、何か怖い事とか、不思議なものを見たことないですか?」
 そうだなぁ、一回だけ。
 そう言って運転手は語り出した。

 彼が僕らぐらいの年齢のころ、友人何名かと肝試しに行こうという話になり、ある大型スーパーマーケットの廃墟に行った。
 懐中電灯を手に、いざ入るとその中は荒れ果てていた。
 壁は崩れ、ガラスは無造作に割られており、床に缶ビールや花火の残骸、たばこの吸い殻等が散乱している。
 すでに何人もの若者が肝試しやたまり場として使っている場所であった。
 彼らは懐中電灯の明かりを頼りに床のゴミを踏みながら進み、懐中電灯をぐるりとあたりに回した時である。
 ぴかっと光るものが前方に見えた。
 ――誰かの懐中電灯の明かりだ! 誰か、いる!
 ここは過去、かなりの数の人が入っているスポットだ。
 顔を合わせたらトラブルになりかねない。
 彼らはしゃがみこんで身を隠そうとする。
 しかし、しばらく息をひそめるが全く何の音も聞こえない。

 どういうことだ、と立ち上がりもう一度ライトを回した。
 すると、光が見えた地点にライトを当てると再び光が見える。
 何かが、自分が持っている懐中電灯の明かりを反射しているようだ。
 近づいてみると、それは一本のコンクリート製の柱だった。
 その柱はボロボロに崩れていて、その崩れたコンクリートの中から姿見サイズほどの大きな鏡が見えている。
 これが懐中電灯の光を反射していたのだった。
 なんだ、鏡か。
 そう思ったがすぐに異常さに気づいた。
 今、柱が崩れているから自分たちの目にはこうしてコンクリートの柱の中に鏡を埋め込んでいたことが分かるが、昔はそのまま店内の柱として機能し、誰も気が付かないまま柱の中に鏡が埋め込まれていたことになる。
 一体、何の意味があってこんなことをする?
 
 「あれは今考えても何だったんだろうなぁと思うよ」
 そう運転手は話してくれた。
 これは関東のとある田舎でのことである。

 この話を聞いた当時は不思議な話だな、とは思ったがこの話は何か怪異が現れるわけでも、大きな現象が起きているわけでもない。
 友人はなんと返したらいいかわからないような微妙なリアクションをしていて、この話は僕の記憶と怪談を記録したメモの底に沈んでいた。

 怪談を収集していくと、ごくごく稀に巨大な何かの影が見え隠れするものにぶち当たることがある。
 ただ恐ろしい怪異や現象というだけではなく、例えるならばもっともっと大きなものの鰭、もしくは尻尾のようなもの。
 そんなものが一瞬だけ見えることがある。
 運転手からこの話を聞いた数年後、僕はこの話の異常性に気づくことになり、配信やイベントを通じて日本中の人に聞いて回ることになる。

 「柱の中に鏡を埋め込んだ、という話を聞いたことがありますか?」

 怪談という点と点を結ぶその線上に浮かぶ巨大な影。
 これは、ノートに打つその始まりの黒点。

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