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足を食べる女 4 プレゼント

 2015年8月19日、体験者の方はボイスレコーダーを仕掛けるため、お店へと向かった。
 お店を開ける時はフットバス等の準備をするため、開店の三十分くらい前に行く。
 お店に近づくと、店の前にすでに誰か立っている。
 Hだった。
 ボブカットに前とは違うワンピース姿、そしてその手には紙袋を持っている。
 何で、こんな早い時間にもういるの……。
 普通のお客さんなら絶対にありえない。
 まるで私が早く来てボイスレコーダーの仕掛けをしようとしたのを分かっているみたい……。
 体験者の方は大いに焦った。
「お待たせしてすいません」
 本来だったら全く待たせてなどないのだがそんな言葉がつい出てしまった。
 Hが早く来たために、ボイスレコーダーを仕掛けることができない。
 Hは近くに寄ると相変わらず生臭い。

 一緒に店の中に入るとHは持ってきた紙袋からあるものを出した。
 Hが「せっかくだから、作ってきたんですよ」そう言って箱から出したそれは、手作りのケーキだった。
 直径20cmくらいのホールケーキ。
 チーズケーキのタルトで、上に生クリームが乗っていた。
 これ二人だけで食べるの? ホールじゃん……。
 なんで「暑いから冷たいもの」でケーキ?
 しかも手作りか……。
 色々気になる事は多くあったが、体験者の方は予定通り
「私、アレルギーで乳製品駄目なんですよ」
 と断り、
「でも、私の旦那が帰ってくるんで、持って帰っていいですか?」
 と聞いた。
 するとHはこともなげに
「私はあなたと食べたいからまた違うものを持ってきますね。これは持って帰ります」
 そう言って平然とケーキを箱に仕舞いなおした。
 驚いた。
 普通、こういう時ってさ……。
 色々と口に出そうな言葉はあったがHの態度に強く出ることは出来なかった。
 ケーキの状態について詳しくお聞きすると、体験者の方は「ケーキについてなんですけど、上の生クリームが時間がたった感じがなくて角が立っていたし、ケーキ自体も時間がたって暖かくなってる感じもしなかったんです」と言った。
 この日は8月19日。真夏日である。
 箱の中等に保冷材も無い。
 つまりHはケーキを長い間持ち歩いていない。
 ということは、もしやHは店の近所に住んでいるのかという仮説があがった。
 さらに、Hの反応があまりにスムーズだった。
 体験者の方が感じたのは「この返し、想定していたんじゃないのってちょっと思ったぐらいすんなりだったんですよ。ケーキを持ってきて『あなたと食べたい』って言ったりもうこの人、何考えてるんだろうと思って」そう語った。

「少し早いけど、始めますか」
 体験者の方のその言葉からマッサージが始まった。
 Hは以前から比べて少し痩せている感じがした。
 その体について体験者は「新陳代謝があまりよくなさそうだった」と語った。

 Hは体験者に突然こう聞いた。
「旦那さんてサーフィンか何かするんですか?」
 何故知ってるんだ。
 さらにHは
「ずいぶん焼けてらっしゃいますね、そして旦那さん背が高いですね」
と続けた。
 そうである。
 旦那さんは身長が180cmを超えている。
 さらに体験者の旦那さんはまさにサーフィンが趣味で、夏だけではなく年中サーフィンに出かけるため、いつも黒く日焼けしている。
 お店に旦那さんの写真等はない。
 旦那の話をHにしたことは一度もない。
 まして、結婚していることすら言っておらず先ほどのケーキのくだりで”旦那”というワードを初めて出したばかりだ。
 何で、知っているんだ。
 どこかで私が旦那といるのを見られているのか?
 一体、どこで?
 住んでいるところも言っていないのに……。
 怖い、これは突っ込んで聞いてはいけない気がする。
 そう強く感じて体験者は「何故知っているのか」と聞くことが出来なかった。
 Hは何でもない様子でさらに続ける。
「子供さんはいらっしゃるんですか?」
 体験者に子供はいない。
 それは、知らないんだ……。
「いえ、まだいないんですよ」
 そう返した後、話題は子供の話になった。
 Hは子供について、こう言った。
「うちの子供ももういないんですけれど、いつも一緒にいるんですよ」
 父との間の子。
 一体何を言っているんだ。
 どういう意味なんだ。
 理解ができず、恐ろしくなり沈黙するしかなかった。
 体験者の方はマッサージを続けながら
「カウンセリングがしたいのは、そこらへんが関係しているんですか?」
 と聞くとHは
「そこについて相談するつもりはないんです。私自身、気持ちを病んでい るわけではないし、でも」
 Hはそこで一瞬言葉を切り、再び真っすぐな眼で体験者を見て

「私は、あなたみたいになりたい」

 そう言った。
 一体、どういう意味で言ってるの?
 体験者の方が感じたのは店に来た一番最初から私を狙ってきている、という実感めいた感覚だった。

 次の来店についてHは
「今修行中なので、また後で日にちについては連絡します」
 そしてこう続けた。
「今度、一緒にご飯食べませんか?」
 こう言ったHに体験者の方は、今は時間の都合がつかないので申し訳ありません、と丁重にお断りをした。

 僕と仲間たちが足や呪術について調べていた時、ある古い記述を発見してしまった。
 それは中世の時代、ヨーロッパを旅していた旅行家の記述である。
”モンペリエの呪術師たちは、その儀式で使うため、足の腱を切っておいた人間の太ももから先を肩から担いで運び、儀式の中で食べていた”
 モンペリエとはフランス南部にある都市の一つである。
 呪術師、足を食べる。
 二つの要素が「人間の足を食べる」というワードで当てはまってしまった。
 確かに誰もが最初から頭には考えていた「足の肉」ではあった。
 まさか、そんなはずはないだろうと思いながらも、僕らはその符合にぞっとしていたのは確かだった。

 生臭い匂いについて、ある病気がある。
 トリメチルアミン尿症。
 それはかなり珍しいとされる疾患で、摂取した食物を体内で消化分化した際に発生したトリメチルアミンという物質が分解されず、汗や尿、呼気の中に含まれて排出されてしまうという疾患である。
 トリメチルアミンは腐敗した魚のような匂いがするため「魚臭症」という別名がある。
 さらに僕らの仲間の一人に現役の看護師がいる。
 その方がこう言った。
「その人、体が生臭いんですよね? 身体から生臭い匂いが出る病気ってあるんですけど、それ以外につ、身体の見た目には異常ないのに凄い生臭い人がいたことがあって、検査したら内臓が壊死しちゃってたんです」
 本人に痛みとかはないの? と聞くと
「ないと思いますよ。だからああやって平気でいたんだと思うんです。体の中が腐っていて、そこから口とか皮膚から匂いが出てたんです」
 そしてこう続けた。
「その女の人、もう体が腐っちゃってるのかもしれないですね」

 体験者の方からこのような連絡をいただいた。
「私が家でトイレに行っていて、その後に玄関に行ったら、玄関のドアが空いてたんです。いつも一階は鍵を閉めているので、家の中は私しかいなかったんです」

「もしかして、Hじゃないですよね」

「そう思うと、凄く怖くて。なんか、もう最近おかしいんです」
「色んな事が」
 そう体験者は語っていた。

 この後、Hは体験者にある事実を語り出す。
 この時の僕らは、まだHの真意を知らない。

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