土地遣い 6 丸梅商店
※聞き取りの言葉や様子、表現を再現するため、出来る限り原文のままで書いている。聞き取り対象者の言葉なので、方言が多用されているため、単語レベルで違うものにはカタカナで単語を書いた後、括弧内に※書きでその意味を書くことで補正する。
香山集落は中心部に南北に道路が走り、緩やかな坂となっている。
丸梅商店はその坂の一番低いところ、香山集落の入口ともいえる場所にある日用品店である。
店内に洗剤や肥料、他にパンやアイス、駄菓子などが並ぶ丸梅商店は集落唯一の商店であるため、集落の人がちょっとした買い物をするために立ち寄る場所となっている。
日中は高齢の方の憩いの場、夕方近くになると小学生たちが駄菓子を買いに来る。陽が落ちれば、部活帰りの中学生たちがアイスを買い、近くのベンチに座って友達と家に帰る前のひと時を過ごす、そんな場所だった。
僕も小学生、中学生の頃は学校の帰り道に立ち寄ってそうやって過ごしていたのを覚えている。
丸梅商店に立ち寄ったその日は、暗い鉄色の雲が覆う日だった。
会津は曇りの日がとても多い。冬の会津らしい天気だった。
かつてはカラフルであっただろう、今では色あせたビニール製の暖簾をくぐり、結露して真っ白になった店のガラス引き戸を開けると懐かしい光景が広がっていた。
大人一人がすれ違うのがやっとほどの通路しかない店内にはチョコレートや麩菓子、棚にゴム手袋や台所用洗剤が並べられていて中学生の頃に見た店内と全く変わっておらず、自分だけが大きさのサイズが変わったようで不思議な気持ちになった。
こんなにお菓子の棚って低い位置だったっけか。
店の奥は小上がりになっており、冬はコタツが置いてあるので店番をしている、通称サチコばあちゃんがそこにあたりながらのんびりとみかんを剥いている姿を覚えている。
今、奥を見ると中学生の頃から変わらないコタツに、サチコばあちゃんが座っていた。この人は、僕が子供のころからすでにばあちゃんだった気がする。恐らく今は少なくとも100歳近いのではないか。
サチコばあちゃんは僕の顔を見ても誰かわからないようで、いぶかし気に僕の方をじっと見ていた。きっと集落で見慣れない若い男だな、と警戒しながら思っている。
僕はペットボトル入りのカフェオレと板チョコレートを手に取って、サチコばあちゃんに差し出すと「260円な」とやや小さな言った。
「お久しぶりです、反田の〇〇(母の名前)の息子です」
小銭を差し出しながらそう言うとサチコばあちゃんは目を丸くして驚いていた。
「あんれ、どごのアンチャ(青年、の意味)がど思ったけな〇〇さんの息子がい? 久すぶりだな! わがんねがったおら! いや、カサマ(母、の意味)そっくりだぞない!」
僕の事を覚えているらしい。
「おめえ、〇〇さいんだって? 大変だな、帰ってこらっちゃのがい! こっちさ上がれ!」
そう言って小上がりのコタツをめくってくれた。恐らく、僕の母経由で色々と話は聞いているらしい。僕の住んでいるところや職業を知っていた。
思った通り、ここなら彫山家の土地について色々と聞けそうだ。
僕はコタツにあたりながら、買ったカフェオレとチョコレートを食べながら世間話を交えて彫山家について話を聞くことにした。
しばらく話していると、集落の近所の人たちが買い物のついでにコタツにあたりながら話をしにくる。今でもここは香山集落の社交場になっていた。
集落の老人客が店に顔を出すたびに「どこのアンチャがど思ったで、〇〇の息子が?」と驚かれる。
これだけここで集落内の人の交流があるのだから、誰か、何か知っている人がいるかもしれない。
「彫山さんのとこ、火事になったんですって?」
そう切り出すと、サチコばあちゃんや近所の人は矢継ぎ早に話を返してくれる。
「いんや、あそこはいろんなごどあんだで、泥棒さ入らっちゃり、火付けらっちゃり、スッ転んでバサマ死んだりよぅ」
「ころっと焼けっつまったんだ、車も車庫もよう」
たくさんの話が跳ね返ってきてうなずいていると、ある老人がその会話の中でこう言った。
「あれ、だってあそごはアレだべした、彫山さんの」
「ああ……」
僕がアレって何ですか、と返すと老人たちは「おめえ、なんも知らねえんだなぃ」とあきれ顔で言った。
「ヨソさ行ってから知らねぇのあだりめだべ」
「んじゃ、オラダズ(私たち、の意味)では言わんにな、トウコ姉(集落内に住む老人)、黙ってんだべ」
と小さな声で交わした後に、その話題を急にそらされてしまった。
老人たちの言う、トウコ姉とは集落内に住む老人で彫山家とは親戚にあたり、僕の祖母と仲がいい人物である。僕が小さな頃は道で会ったりするとお菓子をくれたりとても可愛がってくれた人だった。
どうやら、あまり触れてほしくない話題のようだ。しかし、トウコさんはそれが何か知っているらしい。トウコさんがその話題を僕に話していないから、勝手に自分たちから話すわけにはいかない、という事のようだ。
ここでしつこく聞いては、今後の聞き取りに悪い影響しかない。僕は一度離れて放火や泥棒の時自体の話題を振ってみたが、新しい情報はなく、現場に居合わせた人もいなかったので手がかりになるような話は得られなかった。
ふと、話をしていて頭に浮かんだことがつい口に出た。
「彫山さんの土地って悪い事一杯ありますけど、彫山さんの家とか道路挟んだあっち側の土地はなんともないんですか」
そう聞くと、老人たちは「おめぇ、ほんになんも知らねえんだなぃ」と再び呆れられてしまった。
「ねぇよぅ、悪ぃごどなんちゃ」
「彫山さんどごは車もあだらしい(新しい)のさ変えてよう、車庫もあっぺな」
どうやら、凶事が起こっているのはやはりあそこの土地の上だけらしい。
家や血筋などではなく、やはり土地なのか。
しばらく世間話を交えながら話を聞いていたが、目ぼしい話は得られなかったので礼を言って立ち上がり、後ろ手に丸梅商店の引き戸を閉める瞬間である。
コタツにあたっていた老人たちが「あれ、ヨソさ行ってっからなんも知らねえんだなぃ」と言っていたことが僕には聞こえていた。
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