土地遣い 10 香峰神社

 旧彫山家の位牌が放置されているという神社は、その名を香峰神社という。香峰神社は集落の北東方に位置し、集落の中心を南北に走る道路からわき道を抜け、50mほど杉林の中を進んだ中にある。
 この神社は神主が常駐しているわけではないとても小さな神社で、大晦日の深夜に集落の人が数名集まり、この神社で年を越して二年参りをする時に使う程度である。
 つまり、一年の内たった1時間程度しか人が来ない神社である。

 僕が香峰神社を訪れた時は、数日前から大粒の雪が降っていた。
 今年は暖冬だ、とはいうもののやはり会津の冬は寒い。露出した手のひらを刺すような温度が襲い掛かる。手袋をしてくればよかったな、と思いながら集落の中心を走る道からわき道へと足を進めた。
 この道は神社にしか続いていない。そのため、道には雪が積もっており、周りが高い杉林となっているため薄暗い道を踏み鳴らしながら歩いていた。
 雪道には誰の足跡も残っておらず、やはり集落の人が普段立ち寄るような場所ではないのだなと思いながら道を抜けると、鳥居が見え、その両脇に石灯篭と奥に香峰神社が見えた。
 石灯篭と神社の屋根には雪が積もっており、ここだけ見れば例年の冬と変わらない光景だ。
 参道を歩き、杉林の中の開けた空間にある神社の前へ着く。
 注連縄は古く、ところどころけば立っており手入れがあまりされていない様子が見て取れる。賽銭箱も設置されているが、木肌はひび割れていた。
 靴を脱いで入口に足をかけたところ、じゃりっとする砂と埃の感覚があった。
 引き戸に手をかけ、入り口を開けるとそこは8畳ほどの畳敷になっており、内部にも埃がたまっているのが見えた。壁沿いには千羽鶴がいくつかかけられているが、折り紙の色はすでに煤けていた。
 もっとも新しく見えた千羽鶴の一つを手に取ってみたところ「昭和62年1月1日 〇〇高校合格祈願」の文字と名前が読み取れた。
 中には古びた太鼓が置いてあったが、革は茶色く変色していてひび割れていて、歳月を感じさせた。
 その奥に、溶けたまま放置された蝋燭のついた蝋燭立てのある祭壇と、御神体と思われる金色の鏡が安置してあった。
 鏡は煤けてはいたが、まだ輝きが見えて内部に差し込んでくる光を反射するように光って見えていた。

 ここから見える限りは位牌は見つからない。
 どこにあるんだろう。
 そう思って祭壇の方へ進んだところ、見つけた。
 ご神体である鏡の裏、そのわずかなスペースに「彫山家先祖代々之霊位」と書かれた位牌と「〇〇院〇〇大姉位」と書かれた位牌の二つがあった。
 二つの位牌は、壁と祭壇の裏にあるわずかな隙間のような場所に、埃まみれになったまま乱暴に積み重なるようにして横倒しになっていた。
 これが間違いなく旧彫山家先祖代々の位牌と、旧彫山家最後の一人として生き残った、小さな青いトタン屋根の家に住んでいたという老婆の位牌だろう。
 これはとても驚いた。
 トウコさんの言うことは本当だったが、まさか、こんな状態で放置されていたとは。
 間違いなく、ここは誰も手入れをしていないし、老婆が住んでいた家を解体するまで廃屋の中でこの位牌は二つとも長年放置され、さらに神主のいない神社へ移され、埃にまみれたまま横倒しになっていた。
 まるで人目から隠すように、遠ざけるように。
 誰一人として手を合わせることなく、数十年以上、ずっと。
 旧彫山家は古くからこの集落にある家である。
 ということは今、目の前にあるこの先祖代々の位牌には、凄まじい数の旧彫山家の人々の魂が宿っている。
 老婆の位牌は、通常であればとっくに先祖代々の位牌に魂を移されるはずの年月を過ぎているが、まだ一族でたった一人だけ魂を入れてもらえず、ここにずっと放置されている。
 今も、現在をもって。
 静かな、音一つしない雪と杉林に包まれたこの薄暗い神社のなかで、刺すような寒さの中、僕は旧彫山家の二つの埃まみれの位牌と、その事実を前に身震いしていた。

 恐らく、シェパードと車庫がある土地に起こり続ける凶事は、旧彫山家の邸宅があった土地を無断で乗っ取られた上、二つの位牌についてこのような扱いをしたことが原因なのではないか。
 旧彫山家と現彫山家に纏わる、いわゆる忌み地、土地の祟りであるのではないか。

 この時までの僕はそう考えていた。
 しかし。
 事態は僕が予想もしない方向へと動き出していった。
 まだ、ここは闇の途中に過ぎなかった。

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