土地遣い 2 シェパード

 ※この話については、場所、人物について仮名や特定を避ける事を目的として多少の虚構を加えている。しかし、それらに差し障りのない部分については全てフィクションではない。

 
 父からの話を聞いた翌日、僕は香山にある彫山家の土地へ行ってみる事にした。
 香山集落には僕の幼稚園からの同級生が住んでおり、何度も遊びに行った事のある集落である。
 香山集落は周辺の集落と比べれば民家が固まっている集落ではあるが、それでも約30軒ほどである。
 この辺りは米作りが盛んであり、集落を少し外れれば広大な田園地帯となり、古くからの里山の雰囲気そのままである。
 彫山家の車庫と美容室のある土地は、香山集落のほぼ中心に位置し、集落の真ん中を通る道沿いにある。彫山家自体はこの敷地内にはなく、真ん中を通る道を挟んで向かい側に家があり、美容室は彫山家の長男ゴウさんの妻、エリさんが一人で経営していた。
 エリさんは結婚する前、郡山市で美容師をしており、このような山村集落辺りでは珍しく今時なカットが出来る美容室として、周辺の集落の学生たちがよく利用していたようだ。

 この日は午後から雨が降っており、雪に変わらないだけましではあるが、会津の冬は寒い。
 冷たい雨が降る中、彫山家の土地を目指して車を走らせた。

 集落へ着くと、中学生以来に遊びに来ていた頃と同じ、懐かしい風景が広がっていた。
 集落の真ん中を通る坂道に沿って、民家が並んでいる中、車をゆっくりと走らせたが誰一人集落の住民の姿は見えなかった。

 美容室と車庫の前に着く。
 土地の広さは約50坪程であり、西側が南北に走る道路に面しており、南側に美容室、北側に車庫が位置し、裏側となる東側は杉林と草藪になっている。
 西側の通りに面して美容室の駐車場が2台分あり、敷地内は全てフラットにコンクリートで舗装されている。
 道路からの出入り口には「美容室 シェパード」と書かれた看板があった。看板は木製でポップな字体と色で描かれているが、風雨によって多少の風化が見えた。
 店名のシェパード、とはエリさんの夫であるゴウさんがここから離れた町場でバーを経営しており、ゴウさんが犬好きな事からその店名が「ハスキー」であるため、エリさんの好きな犬種からつけた、と僕の母から聞いた。
 真新しい美容室の中は暗く「closed」の看板が下げられていた。現在は予約のみの受付により、店を開けているという。
 中を覗くと二人がけの黒革張りソファ、アンティーク調の木製レジ台等が設置されており、シャンプー台が二つ、アンティーク加工がされた黒い枠が塗られた鏡が二つセットされており、たしかにこの辺りでは珍しい今風の雰囲気を持った美容室であった。

 車庫を見ると、真新しく白い車庫がシャッターを開放したままになっていた。
 車庫の中には黒光しているスカイラインとアルファード、その隣には泥一つついていないキャビン付きの立派なトラクターが止められていた。

 ここだけを見ると、様々な事件事故の痕跡などまるで残っておらず、父の言う侵入窃盗事件、トラクターによる人身事故、転倒による事故死、放火等がこの土地で起きたとは思い難い。
 しかし、それら全てはこの約50坪程の土地で、わずか5年余りに全て起きている。

 僕は美容室の裏に回ると、一本だけ焦げ跡の残る杉の木の残骸らしきものを草藪の中に見つけた。
 降り頻る雨の中、僕は傘に当たる雨音を聞きながらその時の様子を想像していた。

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