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足を食べる女 1 発端

 ※この話については、場所、人物について仮名や特定を避ける事を目的として多少の虚構を加えている。しかし、それらに差し障りのない部分については全てフィクションではない。

 この話について、僕はいまだに判断ができない。
 一体これは怪談であるのか、何だったのかそれすらもわからない。
 僕が聴き集めた怪談の中で見ても、相当に特殊な話である。

 2015年8月9日18時ちょうど。
 僕のところに一つのメッセージが届いた。
 送り主は、以前怪談を聞かせていただいた方である。
 メッセージの内容はこうだった。

 【御無沙汰しております。
 訳の分からないことが今日の昼にありまして、自分の頭では処理できず、御連絡させて頂きました。
『あしをたべる』という儀式? キーワードって何か聞いたことはありますでしょうか?
 
 今メッセージを打つ手が震えています。
 お知恵を貸してください】

 これから書く内容は、僕と体験者、そしてある女との数か月間にも及ぶやりとりの記録である。

 この話の体験者である女性は、本職は企業向けのカウンセラーである。
 一方、副業として女性向けのマッサージサロンを経営していた。
 この方は「副業が忙しくなるのは嫌なので……」と取材の際に仰っていた。
 つまり、大きな収入を得るというのがメインの目的ではない。
 そのため看板や広告などを出さず、人から人への口コミのみでお客さんを集めていた。
 ある日、お店用の携帯電話に予約の電話が入った。
 相手側の電話番号は表示されず、相手は何故か非通知設定だった。
 予約した女性の名前は仮にHとする。
 この日の日付は2015年7月中旬。

 ここから、この話は始まった。

 7月24日、Hが店に来た。
 体験者の方曰く最初の印象は「清楚な、とてもきれいな女性」だった。
 Hはボブカットにひざ丈のワンピースを着ていた。
 お店では、アロマを焚いているそうで最初は気付かなかったが、その女はある匂いがした。
 ひどく、生臭い。
 体臭がなんだか妙に生臭いのである。
 どんな生臭さが近いですか、と聞いたところ「魚を捌く前みたいな匂いがする」と体験者の方は仰った。
 内臓の血あいの感じとか、細胞が死んでいくときの死臭とか、そういう感じなのだろう。
 体験者はなんだか綺麗な人なのにちょっと残念だな、と少し思った。
 その店では、初めて来た人にカルテのようなものを書いてもらう。
 女は名前の欄には何故かHから始まる苗字だけを書き、名前を書かなかった。
 そして生年月日の欄には何も書かず、そこも何故か年齢だけを書いていく。
 Hが記入した答えには気になるところが多くあった。
 以下がカルテの項目とその答えの抜粋である。

 年齢 35歳 
 住所 不定 
 アレルギー なし
 睡眠時間 3時間 
 睡眠の質 浅い 
 生理 不順
 出産経験 あり  
 運動 なし 
 仕事 無職(修行中)
 食生活 不定期 
 食の指向 (空欄) 
 嗜好品 タバコ× アルコール×
 ダイエット中かどうか ×
 症状 頭痛、足のむくみ、めまい、貧血、寝不足

 まず、住所不定? こんなきれいな女性なのに?
 修行中って何? どういうこと?
 出産、しているのか……。
 気になる点は多くあったが、症状の欄には思い当たることがあった。
 睡眠時間がひどく少なく、食生活も不定期。生活パターンがあまりよくない。
 ここから貧血等等の症状が出ているのか、と思ったそうだ。

 カルテを記入してもらった後に注意事項の説明に入った。
 説明の中で食事直後にマッサージを受けると消化不良等を起こしてしまう可能性がある、ということについて話すと、Hは
 「私は今、修行中だから限られたものしか食べていません。今日は何も食べていません」
 と答えた。
 どういうこと? 何の修行をしているんだ、と思ったがそれについてこの時は深く聞けなかった。
 Hの印象について、体験者の方は
 「日々、とても穏やかに過ごしているような感じなんですよ。お嬢さんっていうか、なんていうか。そして病んでるような感じが全くないんです。すっごく綺麗な見た目もあるし、話している雰囲気もあって。でも言ってる事が言ってる事なので、ひどくアンバランスさを感じました」
 そう言った。

 Hに対して
 「今日はどこを中心にやります?」と聞いたところ、Hは「足が痛い、だるい」
 と言った。
 マッサージをするにあたってHの体を見たが、どこにもケガの跡などは見当たらない。手首や、そんなところにも一切傷はない。
 身体や肌はとても綺麗なのだ。
 そのことについて、体験者の方は
 「手入れをしっかりして綺麗なんじゃなくて、むしろ何もいじっていないから、凄くナチュラルのまま綺麗な感じ」
 そう言っていた。
 だが、体からはなんだか生臭い体臭がする。

 ベッドに横になってもらう時、Hはぼそっと
 「アレが原因かな……」
 と呟いた。
 そのつぶやきは、いわゆるツッコミ待ちとして聞いてほしい呟きではなく、本当に誰かに聞こえさせる目的はないとわかるほど小声で、ただ口から洩れただけの言葉だった。
 原因が思い当たるなら言ってほしいんだけど、と少し思ったがマッサージにとりかかった。
 ベッドで見ても体に怪我、傷は一切ない。歩きすぎているようなコリも感じない。
 それどころか、足のむくみすら一切ない。
 彼女の体の特徴について、体験者の方は「強いて言うのであれば、体内の水分は少し足りないような気がした」と仰っていた。

 人間の足の裏には反射区というものがある。
 温泉等にあるでこぼこして足の絵がかいてあるマットなんかに「ここが痛い人は膵臓が弱っている」なんて書いてあるものがあるが、そういうもので、悪いところに対応して足に出るのだ。
 普通、身体の悪いところを触るとブニブニしたり、グリグリしたりという手ごたえがある。
 そこに触ると通常は「痛い」など反応を返す。
 不調を訴えてくる人にはどんな人でも大なり小なりそれがある。
 しかし、Hには全くそれが感じられない。
 何故?
 どこも悪い感じが一切しない。
 ただ、Hは足がだるい、と繰り返す。
 何なんだろう、この人、と不思議に思ったそうだ。

 マッサージを終わった後、説明をしながらお茶を飲んでいた。
 するとHは
 「カウンセリングもやってらっしゃるんですよね?」
 と突然切り出した。
 体験者の方はHに自分の本業の事は話していない。
 ということはどこかで自分の本業の事を人づてに聞いたのだろうか、と思ったそうだ。
 Hは
 「興味があるんです」
 そういった。
 マッサージの場合、最初のうちはこまめに通うことを勧め、調子がよくなったら間をあけてもいいと伝えるのだが、それを言う前にHは
 「こういうのってマメに通った方がいいですよね?」
 と言った。
 このようなマッサージの流れを知っているのかと思った。
 そしてその約一週間後、8月3日にHは予約を取る。

 すべての発端は、この時からだった。

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