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父とジョンの話

 父は子供の頃の私や弟が「犬か猫を飼いたい」と言っても「狭い都会では可哀想」と許してくれない人だった。信濃の広々とした実家で猫も犬も放し飼いにしていた父にとって、さまざまな制約のある都会での飼育は受容し難かったのだろう。

 父には、かつて愛犬がいた。シェパードのジョン。警察犬としても有名で、知的で忠誠心に富む賢い犬種。ジョンもまた、忠誠心に篤かったという。ただし父限定で。

 とにかく警戒心が強く、不審者と認定したら許す気ゼロ。郵便屋も新聞屋もジョンに見つかったが最後、敷地内の果てまで追いかけ回された上に、ズボンをびりびりに引き裂かれること数度。村の有力者(村医者かつもと地主)の家で放し飼いされているシェパードでそれって、マジ最悪ですやん。

 発情期ともなると、ジョンは行方不明になり、数日後ガリガリになって帰宅。数ヶ月後には近所にルックスがシェパード風味の雑種の仔犬がそこかしこに出現していたそうな。ジョン、精力旺盛。

 幼い頃から生きものを愛でるのが天与の習性だった父。加えて、田舎のわんぱく坊主が好みそうな荒っぽい遊びは全く好みでなく運動も苦手。本の虫で勉強は異様にできる男子ときたら、地元の同年代で「浮いた」存在であったことは想像に難くない。そんな父にとってジョンは、恐らく親友のような存在だったのではないかと思う。

 父が松本の高校を卒業し、大学進学のため郷里を発つその日、ジョンは駅まで見送りに来たという。父を乗せた汽車を、どこまでも走って追いかけるその姿が小さく小さくなって見えなくなるまで、父も手を振り続けた。

 ジョンの最期については、私も詳しく聞いたことはない。
 ジョンの話をする父の顔はとても楽しげで、圧倒的猫派の私にすら「犬を飼うのも素敵だな」と思わせてくれる。

 ちなみにジョンは、由緒正しきジャーマンシェパードだった。付いてきた血統書に書かれていた名は

『リヒト・フォン・デ・ハイデンクラフト』

……ジョンどこにもないやんけ 笑

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