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きっかけは本だった

 そもそも何故にnoteを始めようと思ったかというと、父から聞くファミリーヒストリーが面白過ぎたからだ。きっかけは一冊の本だった。

 主人公は宮沢賢治の父、政次郎。花巻で父の代から続く質屋を営み、地元では篤志家として名高い人物で、賢治はその長男。明治の男として強く威厳のある家長であろうとする一方で、隠居の父、喜助から「お前は、父でありすぎる」と嗜められるほどに賢治への愛情が抑えきれない政次郎。そんな父を尊敬し感謝しながらも、むしろその愛の重さに押し潰され人生を彷徨い続ける賢治。親子の葛藤の中で紡ぎ出されてゆく作品の数々。

 父は読書が趣味で読む本のジャンルも幅広く、時折私にも気に入った作品を勧めてくれる。しかし、忙しさにかまけて話を聞くだけで実際に読むのはスルーしてしまうことも少なくない中、この本を読んだのには理由があった。父が、この本の紹介をする際こんな一言を漏らしたからだ。

「この賢治の父親が、一生を息子に捧げたようなひとでね。結構泣かせる場面もあったりして。うちの達男さんも、こういうところがあったからな....。」
 達男さん、とは父の父。私の祖父だ。長野県信濃大町の農家の長男として生まれ、結婚してから大阪の私立の医学校を卒業して医者になり、軍医も経験したのち村医者となったひとだと聞いていた。祖父は父が30代前半の頃に亡くなっており、私は父によく似た遺影の顔しか知らない。父の口から祖父の話が出ることは今までほとんど無かったので、この小説の政次郎はよほど亡き祖父の面影を宿した人物だったのだろう。勉強の良くできた賢治を盛岡の学校へ進学させた政次郎と、勉強好きだった父を松本の高校へ、さらには東京の大学に進学させた祖父。質屋を継ぐことなく放浪し続けた賢治と、実家の医院には戻らず東京で家庭を持った父。ふたつの親子に重なる点は多い。

 この小説をきっかけに、祖父の話をもっと聞いてみたいと思った。だから、読んだ。読んでから、実家を訪ねた。

「本、面白かった。それで私は、政次郎さんに似たところがあるという、達男おじいさんの話が聞きたくなった。」

と、ねだった。父は、その言葉を待っていたかのように、話し始めた。その時はまだ、NHKの朝の連続テレビ小説のようなストーリイが展開するとは、予想だにしていなかった。

 余談だが、小説を読んで驚いたことがひとつ。『永訣の朝』に出てくる妹トシは「あめゆじゅとてちてけんじゃ」の響きから、ずっと幼い女の子を想像していた。しかし、実は20代の立派な女性で、花巻から上京して日本女子大学にまで進学した才女だったということ。娘の教育にも理解のあった父、政次郎。やはり只者ではなかったに違いない。

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