お兄さんが1番怖かった映画

「あ、すみません、お兄さんが1番怖かった映画教えてくださいよ。」

かつて、僕がTSUTAYAでバイトしていたときにかけられた言葉である。
お客さんから返却されたレンタルDVDたちは、一度カウンターの奥の棚にストックされる。その時点で、店内のどのあたりのコーナーの商品かが、大まかに分類されていて、そのときそのときで手が空いてるスタッフが持てるぶんだけ持って、タイトルと、シールで貼り付けた管理番号を照らし合わせながら、あるべき場所に戻していく。この作業をたしか“バック”と呼んでいた気がする。
僕がタワー状に重ねたDVDを抱えて、洋画のスリラー、SF、ファンタジーが並ぶ什器の前でバックをしていたとき、右横から男性の声で、前述の声をかけられた。見ると、当時の僕からすると少し年上っぽい、シュッとして、髪がちょっとくるっとしてて、なんかイケてる感じの男性だった。全くもってマンガ的なイメージだけど、低くて速い車とか乗ってそうだなと思った。

「1番怖いの教えてくださいよ。それ借りますよ。」

その男性の背後には、速い車が好きそうなイケてる感じの女性がいた。いや勝手な偏見かもしれないけど、あまり僕は人を見る目が無いから許していただきたい。とりあえず勝手にピンときた。なるほど、コワイ映画でキャッキャしようという算段か。
しかし、こういう問い合わせを受けるのは珍しい。ちょっと嬉しい。つまり、僕のチョイスに金を払おうと言うのだ。なかなか粋じゃあないか。
いい度胸だ!震え上がれやっ!!!…という気持ちで、僕は珠玉の一本、『ディセント』を薦めた。

「へー、これ、怖いんすか?!」
「いやあ…僕は二度と観たくないですね」

そんな僕のプレゼンを受けて、そのカップルは『ディセント』をレンタルしていった。その後のことはわからない。ふう…思わず、本気で選んでしまった。カップルで観るとどうかとか、そういうの完全に無視して、言われたままに僕が心底恐ろしいと思った作品を推したのだ。あまりの後味の悪さに、キャッキャどころじゃなくなって、盛り下がっちゃっても知らんぜ、と、僕はバックを続けたのであった。


“恐怖”とはなんだろう?、ということを考えるとき、いつもこの出来事を思い出す。僕は『ディセント』が間違いなく怖かったし、未だに2度目は観れていない。だけど、自分が信じて疑わなかった恐怖の感覚が、実はとても幅広いのだということを後に知った。
そして、自分は何が“怖い”と感じるのか、ここ何年かで少し解ってきた気がする。誰かを助けるための行動や、そんなつもりじゃなかったことで人を傷つけたり殺してしまうシーンがどうやら物凄く恐ろしい。思い返すと、自分が虫が嫌いになった理由に似てる。小学生のとき、みんなと同じようにバッタやトンボ、カブトムシを捕まえたり飼うのが好きだった。しかし、あるときからバッタが暴れて手から逃れた瞬間に足がもげたり、僕がエサを忘れてカブトムシを殺してしまったりするのが怖くなり、関わらないようになり、苦手な存在になっていった。色んな映画を観ながら、これが僕の恐怖の根源なのかもしれない、と考えるようになった。

『ディセント』が怖かったのは、正しくその点だった。
サールナートホール師匠っぽく紹介すると、

洞窟に潜るスポーツ “ケイビング” を楽しむ仲良し女子グループが、暗闇に棲む未知の怪物たちに遭遇。パニックの中、ホントはそんなに仲良しじゃなかったのかもしれないことがわかってくる映画を上映します。巻き込まれたのは、洞窟女子か、はたまた怪物か。

みたいな映画…だったと思う。なんせDVDで1回しか観てない。
とある登場人物が「あっ!….」となる瞬間が、とてつもなく怖かった。そしてだんだん人としてのタガが外れていってしまうところも怖かった。イコール、もう二度と観たくないレベルに達してしまった。同じような理由で『武器人間』も観て後悔した。ヘルメットをはずすシーンの「あっ!…」が、ゴアがどうとかじゃなく、心底怖かった。

当時、僕が無自覚に、主観的な恐怖をもって薦めた『ディセント』は、あのイケてるカップルにとってはちっともなんとも無かった可能性もある。狙い通り盛り上がったかもしれないし、男女のどちらかの心に個人的体験として深く残った可能性だってあるから面白い。
こんな思いの馳せ方をされて、記事にされてるとはまさか想像していないだろう。これも実はけっこう怖いことかもしれない。

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