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社会性、モラル、哲学の三本柱論

先日、何事も分析するのが大好きな友人と電話していて、「社会性、モラル、哲学」の3つの観点から人を分析する独自の理論を教えてもらった。私の自己理解にとても役立ったので備忘録としてメモしておく。

各観点の定義

社会性:自分の行動がコミュニティーにどういう影響を及ぼすかどうかに意識的になって行動する力。
社会性がある人とはどんな人か?例えば、文化祭、クラスで「お化け屋敷」をやろう!と盛り上がって案が決まりかけたときに、椅子を蹴って教室を出ていく人は、社会性が無いように見えて、むしろ社会性のある人(自分の行動がクラスに与える影響を理解している)。もしくは、社会性がある人の別の行動パターンとしては、お化け屋敷の案が決まった後に、「お化け屋敷ってびみょくない?」と、お化け屋敷を微妙だと思っていた人に対してヌルっと囲い込みを始める。一方で社会性のない人は、「お化け屋敷やろうやろう!」とクラス全体が盛り上がっているときに、「それってびみょくない?」と何も考えずに発言する。

メモ:友人いわく、私には社会性がほとんど無いらしい(つまり空気が読めないということ?)。そして私は、案が決まりかけたときに椅子を蹴って出ていく人も、「それってびみょくない?」と何も考えずに発言する人の違いがあまり分かっていない。これも私に社会性が無いからだろうか?

モラル:社会で決められたルールを守ろうとする気持ち。「信号を守るかどうか」「人のものを盗んでいけないと思っているか」等々。

メモ:友人曰く私にはモラルも無いらしい。たしかに、車が来ていないときに信号は守らないし、音楽室のバイオリンを借りパクしたこともあるし。。。そもそも「それがダメかどうか」を考える時間が人よりも極端に少ない気はする。だいたい、物事の最短距離を考えて行動したら、結果的にものすごいハレーションが起こっていた(しかも回収するのは優しい他人)というパターンが多い。ただこれは成長とともに、さらに2年半公務員をやったことで、ある程度矯正されてきた感もある。世の中にはびっくりするほど多くの決まりがある。

哲学:「どう生きたい」という強い軸があるかどうか。人のことを「哲学が無い」と表現してしまうと、なんだか軸の無い人間だと言っているようにも聞こえてしまうが、それが悪いというわけではない。哲学が無いがゆえに「いま、ここ」を目いっぱい楽しめたり、他人に合わせることができたりという特徴がある場合もある。

メモ:友人曰く私には哲学はかなりあるとのこと。

さて、この「社会性」、「モラル」、「哲学」の3本柱で考えると、私は、「社会性もモラルも無く、哲学はある人」ということになる。これはもちろん、人によってそれぞれの値は様々だ。さらに、「社会性が無いけどそれに甘えていない人(→例えば、人はこういう時にこういう気持ちになる、ということが分からなくても、ひとつひとつ外部知識としてインプットすることを努力はできる人)」、「社会性が無く、特に努力もしていない人」で分かれたりもするので、なかなかに複雑だ。
それでも、自分はどういう人間かを知るための、良い指標ではあると思った。私が特に良いなと個人的に思ったのは、3本柱の定義がある程度ラフでゆとりがあるところ。人間はみな大小さまざまな自己矛盾を抱えているが、それも含めて3つの観点から考えてみる、ということができる。

自分はこれから、どうしたら幸せになれのるか、ということを、幸せの定義を含めて真剣に考えてやっていかないといけないと思っている。そして自分と似た問題意識を持つ人にとってはなるべくラッキーな存在でいたい。

どうしたら幸せになれるのか、ということを考えるにあたっては、自分がどういう人間なのか、表面的にでもなるべく理解しようとすることが不可欠だと感じる。友達が電話で話してくれたことは、予想していなかったけど、自分が最近考えていたこととマッチしていたので感動してメモした。

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