見出し画像

コラム:アジャイル開発のアプローチによる臨床試験(特に治験)における課題解決の可能性を考える②

前回のあらすじ:
医薬品の有効性を評価するための治験プロセスとウォーターフォール型開発モデルには多くの類似点がある。治験は、医薬品や医療機器の安全性と有効性を評価するために必要なプロセスで、日本では薬機法に基づいて実施される。このプロセスには多くの段階があり、規制当局へのプロトコルの提出、倫理委員会の承認、治験薬の供給、データ収集と分析などが含まれる。治験プロジェクトの遅延はコスト増加につながり、消費者に薬価として反映される可能性がある。
ウォーターフォール型開発モデルとは、ソフトウェア開発の古典的なアプローチで、プロセスを一連の直線的で段階的なステップに分けることが特徴である。各ステップは前のステップが完了するまで開始されず、要件定義、設計と実装、検証とテスト、保守という主要なフェーズによって構成される。このモデルの利点はその単純さと明確な構造にあるが、変更に対する柔軟性が低いため、要件が流動的な場合や迅速な市場対応が求められる場合には適していないらしい。
治験における遅延の主な原因は、参加者の組み入れに関連する適格基準の問題であり、これはウォーターフォール型開発で見られる要件定義の問題に似ていると思う。両者はプロジェクトの初期段階での詳細な計画が必要であり、不明確または不完全な要件は後の段階で問題を引き起こす可能性がある。

前回、締めにて「治験実施計画書の作成」プロセスに問題があると書いたが、今回はその問題に飛ぶことはせず、なぜ「組み入れが治験プロジェクトにおけるボトルネック」になってしまっているのかを記載する。このポイントについて事実理解が間違ってしまうと、なぜ「治験実施計画書の作成」プロセスが問題の原因であるかを理解するのは難しい。
設計や開発で問題が生じる原因は概ね要件定義にある、というのは多数のエンジニアに共感いただけるのではないかと思うが、その前に設計や開発で生じる問題について整理しておきたい。

治験の「組み入れ基準」に代表される多くの制限は、実際に治験が開始してから問題が顕在化する。発生する問題点をいかにざっと記載してみるが、もちろんこれだけではない。

①     そもそも「組み入れ基準」に適合する患者さんがいない
→これは本当に実際によくある。希少疾患なんかは、直観的には大いに理解できるものではないでしょうか。
「◎◎病の患者さん」が実際にその病院に通院していたとしても、「◎◎病の患者さん」であってなおかつ「××の条件に合致する患者さん」といった条件までプラスされてしまうと、実際はそんな人はいなかった…という状況に陥ってしまうことはよくある。
患者さんがいないなら、そもそも「治験」を受託しないでよ…と、みんな思っている。

②     医師、看護師をはじめとする病院のスタッフにとって、「組み入れ基準」に適合する患者さんを探すのが大変な手間である
→医療機関にとって、患者さんを探すこと自体が大変であるケースは多い。例えば、
「アルツハイマー病患者を対象にアデュカヌマブ(BIIB037)の臨床的有用性を検証する無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較第IIIb/IV相試験」の主な選択基準は以下のとおりである。
こんなの、調べるだけでも相当大変でしょう…。現場のスタッフの皆さま方の苦労が目に浮かびます…。

【選択基準(これに当てはまらないとダメ)】
・ CSF又はアミロイドPETによりAβ病理が認められた患者
・スクリーニング前6ヵ月間に徐々に発症し、緩徐な進行を伴う主観的記憶力の低下を介護者によって確認された患者
・NIA-AA基準に基づくADによるMCI又はADによる軽度認知症に関する以下全ての臨床基準を満たす
- MMSEスコアが22以上30以下
- CDR Memory Scoreが0.5以上
- CDR-GSが0.5又は1.0
- RBANSスコアが客観的認知障害を示す85以下
・ 早期ADの臨床診断以外は、病歴及びスクリーニング評価に基づき、健康であると治験責任医師が判断した患者
・ApoEジェノタイピングに同意する患者
・治験責任医師の判断で、患者との接触が頻繁かつ十分(直接又は電話で、少なくとも10時間/週)であり、患者の認知能力及び機能的能力に関する正確な情報を経時的に提供できる1名の情報提供者/介護者がいなければならない。

【除外基準(これに当てはまったらダメ)】
・治験責任医師の判断に基づき、患者の認知障害の原因となる可能性のある医学的症状又は神経学的/神経変性症状(AD以外)を有する患者
・スクリーニング前6ヵ月以内に臨床的に重大及び/又は不安定な精神疾患を有した患者
・スクリーニング前1年以内に一過性脳虚血発作、脳卒中又は原因不明の意識消失を有した患者
・重度のアレルギー若しくはアナフィラキシー反応の病歴がある患者又は治験薬若しくはその添加物に対する過敏症の既往歴がある患者
・スクリーニング前12ヵ月以内にADの疾患修飾作用評価を目的とした試験に参加した患者。ただし、プラセボ投与を受けたことが証明される場合は除く。
・治験を除き、ADの疾患修飾作用を目的とした薬剤を現在使用している又は過去に使用していた患者
・治験薬を使用している患者
・市販のアデュカヌマブの曝露歴がある患者又はアデュカヌマブの先行試験に参加した患者(アデュカヌマブの投与を受けなかった患者は本治験に参加することができる)
・スクリーニング前12ヵ月以内に、アミロイドPET用放射性リガンドを用いたアミロイドPETスキャンの結果が陰性の患者

https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2021220027jp

もちろんこれはごく一部の基準である。ってか抗体医薬の組み入れ基準がこれだけしかない訳は無いし。でもサイトで公開されているのはこれだけ。他はconfidentialな情報なので知ることはできない。

③     患者さんにとって、治験に参加するのに物理的・時間的な余裕がない
→ほとんどの治験において、定期的な診察は必要不可欠である。しかし、例えば「車で1時間の病院」に「3日に一度」だけでも相当の社会人にとっては不可能な条件では無いでしょうか?
これが1週間に一度、とかでも相当無理があると思われる。

④     そもそも「何が問題なのか?」を正確にキャッチアップするのが非常に難しい
→通常、治験プロジェクトはとても大がかりに実施されるものである。
製薬会社にプロジェクトリーダーがいて、その下にCRA(臨床開発モニター)のリーダーがいて、横軸にデータマネジャーやメディカルライティングの人たちなんかがいる。
CRAのリーダーの指示のもと、CRAがCRO(医薬品開発業務受託機関 (Contract Research Organization)のCRAに指示を出して、そのCRAが各医療機関の治験責任医師やCRCさんなんかとコミュニケーションをしていたりする。
すると、現場のCRA、CRCさんが問題点(なんか組み入れ基準に無理がいっぱいある気がする…とか)をぼんやり把握していても、それを製薬会社のリーダー陣がキャッチアップするのは並大抵のことではない。
階層構造の複雑さは、問題点のキャッチアップを大変にしてしまう。

⑤     「問題点を把握して軌道修正すること」に大きな労力が必要である
→例えば「この医療機関には対象の患者さんがいないから、別の病院を追加しないといけない!」とか「組み入れ基準に問題があって、これをこう変えないと絶対にプロジェクトが進まない!」とか、共通認識をとれたとする。でも、この方針転換は並大抵のことではない…
治験実施計画書の改定なんて、現場の一存で好き勝手にできるものではない。製薬会社のリーダー陣による綿密な議論・決議がなされたうえで、実施する医療機関での「倫理審査」を通す必要がある。まあ一つ一つの手間がもう本当に甚大なのである。

また、実施医療機関の追加まで必要となるとその手間は想像を絶する。医療機関の選定、責任医師の選定、スタッフへの説明・トレーニングや資材の手配、、、考えたくもない。
正直言って、治験プロジェクトの「軌道修正」にかかる手間は大きすぎる。こんなこと、治験に少しでもかかわったことがあったら絶対にやりたくもない。提案したくもない。みんな見て見ぬふりをしたいのである。

みんな見て見ぬふりをしたい


でも、製薬会社の優秀な方々が上記の問題に気が付かないのか?と言われれば、もちろんそんなことは無い。
薬機法やGCPに明確に規定されているわけではないが、通常大がかりな治験プロジェクトでは「フィージビリティ調査」という事前調査が行われる。
ではなぜ、「フィージビリティ調査」を行ったにもかかわらず上記のような問題が生じてしまうのか…

次回に続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?