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小説 // そもそも論

              (約1,300字)



落ち着いた店内には軽やかな音楽が、かすかに流れていた。カウンターの向こうから、芳しい香りと、サイフォンの音。

日差しがキラキラとサンキャッチャーから光を跳ね返して、テーブルを照らす。

食べかけのホットサンドイッチは、熱を失って縮こまっていた。

「なんで家にいなかったんだよ」
男はうなだれた様子で、コーヒーに口をつける。

「私の猫アレルギー、前に話したことあったでしょ。彼女、ダンナと喧嘩して、猫連れてウチに来たのよ」

男は静かに首を振った。
「だから、実家に避難してた?猫のために」

「そうよ。0時過ぎに突然やってきた女の子、追い返す訳にはいかないでしょ。
近くに泊まるところもないし。
姉に電話して、私が実家に泊まることにしたのよ」

「女の子って、歳でもないだろう。猫は、玄関にケージに入れて置けば、済むことじゃないのか」

「ムリよ。アレルギーって、そんな簡単じゃないのよ。ご飯あげたりするときは、ケージから出すでしょ」

女は、窓から指す光の先を眩しそうに眺めて、冷めたホットサンドイッチの切れ端を掴み、すぐに指から離した。

「で?」

「何で服を着ていなかったの」

男は、ウッと声に出さない声が出かけて、飲みたくもないコーヒーカップに目を移した。

「酔って帰ったんだよ。
まさか家を空けてるなんて思わなかった。
しかも知らない女が寝てるなんて‥‥」

「普通、連絡しない?
同棲してる訳じゃないのよ。
合鍵があっても、許可取るでしょ。
なんで酔って帰って、知らない女がいるベッドに寝るんですか」

女の言い分には、常識しか見当たらない。

「内示が出たんでしょ?
どうするの、彼女のダンナがいるフロアで役職が上司って、全く笑えないんですけど」

友達のダンナは、柔道の有段者だった。
喫茶店で話す二人の先輩で、男は他にもスポーツを教えてもらっている。
尊敬に値する人物だった。

「ん‥‥そっちはどうするの。
昔からの友人が喧嘩して家に来て。
まだ帰るところがないんじゃ、困るだろ」

「あのねぇ」 
軽く息を吐いて続けた。

「喧嘩した原因を聞いたら、あのハイスペダンナが、あなたが彼女とランチしてたのを見たことがキッカケになったって。
ランチを目撃しただけで、あの冷静な男(ひと)が怒るわけないんですけど。
そもそも、喧嘩のタネを撒いたのはそちらが原因なんですっ」

・・・たしかに、タネはまいたな。

朝、彼女は服を着ていなかった。
酔っていたのに、覆い被さった自分が悪い。

「酔っていて、その‥‥できるものなのか判りませんけど、私は当分あの部屋には戻りませんから。住み込みの仕事を見つけて、3ヶ月は帰らないし。そのうちにタネまいた責任は自分で取ってよね」

男は、ぼんやりと冷めた朝食の皿を引き寄せて、ホットサンドイッチをつまんだ。

「オレらが付き合ったのって、何がきっかけだったっけ」

女はゆっくりとコーヒーを飲みほした。

「それは‥‥私が、ハイスペックなあの人を好きになって、それをあなたに相談したら、
彼女が〈相談している友達とはすごく気が合いそうだから、いっそのこと付き合っちゃえば〉って、アドバイスくれたのよ」

「なんだか、あの子に振り回されてるな」

女は、肯定する言葉を飲み込んで、
小さくため息をついた。

窓の外の植木には、つがいの鳥が止まってこちらをのぞいていた。

                 完



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