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ピーター・シンガー『動物の解放』を読んで

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。牛ラボマガジンでは「牛」を中心としながらも、食や社会、それに環境など、様々な領域を横断して、たくさんのことを考えていきたいと思っています。
今回は、『動物の解放』という本を読んで考えたことをお届けします。この本はピーター・シンガーという倫理学者によるもので、動物の権利を考える上でのバイブルといわれています。動物のいのちとは何か、動物と人間の間にある倫理とは何か、この本を通じて考えてみたいと思います。

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功利主義者ピーター・シンガー

ピーター・シンガーは、功利主義者(最大多数の幸福を重要視する考え方)として有名で、今回紹介する『動物の解放』以外にも、『あなたが世界のためにできるたったひとつのこと』、『あなたが救える命』『私たちはどう生きるべきか』など、人間の倫理に関するたくさんの本を書いています。

これらの本の中では、とくに「寄付」について非常に多く書かれており、ピーター・シンガー自身も収入の多くをさまざまな団体に寄付しています。
これだけ聞くと、とても献身的で、やさしい活動家のように見えます。実際そうだとは思うのですが、彼の思想には、やさしさだけではない独特の強さがあります。

彼の主張は、「少しだけでも寄付をするといい」というような穏やかなものではなく、「他者に寄付をするためにお金を稼ぐべきだ(earning to give)」、「自分の生活が壊れないギリギリの金額まで寄付をした方がいい」、「寄付をすることは善ではなく義務である」のように、かなり強いニュアンスを持ったメッセージになっています。このように、彼は寄付について少しラディカルな思想を持っています。

そんなピーター・シンガーが「動物福祉(アニマルウェルフェア)」や「動物の権利(アニマルライツ)」について書いた本が、今回紹介する『動物の解放』です。この本は1975年に出版され、世界中に大きな影響を与えました。紹介すると言っても、大変な大著ですので、ここですべてを紹介することはできません。今回は、彼の思想の一部をご紹介しながら、動物のいのちについて考えていきたいと思います。

動物の解放

動物は「苦痛」を知覚する

さっそくですが、この本を読んでいると、「苦痛」という言葉に頻繁に遭遇します。彼は動物福祉について主に、「苦痛」の観点から考えているのです。それはつまり、動物たちが「苦痛を感じるかどうか」という点から考えるということです。彼は、「痛みとは苦しいものだ。つらいものだ。とにかく痛みを感じるようなことをすべきではない。」と言うのです。
これは非常にシンプルで、わかりやすい話です。ベジタリアンや動物愛護の議論の中で、「動物にもいのちがある」「動物にもこころがある」というような話はよく聞きますが、たしかにそうとは思うものの、実感として捉えづらいという側面もあると思います。それに、そういった話は「植物だって生きているのに、なぜ動物はダメで植物はいいのか」といった反論を受けてしまいがちです。ですが、ピーター・シンガーの主張はシンプルです。とにかく、「痛い」と感じることをやってはいけないのです。
そしてこれはもちろん、「屠殺の際には麻酔をしよう」というような単純な話ではありません。ピーター・シンガーの考える「苦痛」は、物理的な痛みはもちろん、恐怖、疲労、ストレス、空腹なども含まれます。対象とする生命体が「さまざまな苦しみを知覚する神経を持っているかどうか」なのです。人間が動物に対して何かを行うとき、その動物が恐怖を感じるような素振りを見せたり、叫び声をあげたりするなら、それはやってはいけないことだと言うのです。
ピーター・シンガーはこの主張によって、動物のいのちを尊重します。動物はダメで野菜が良い理由は、動物には恐怖や痛みを知覚する神経があり、野菜にはそれがないからです。たいへんわかりやすい整理だと思います。

ピーター・シンガーへの批判

ただ、彼の主張はわかりやすい一方で、さまざまな議論を起こしました。なぜなら、(『動物の解放』以外の書籍も含めて)彼の論理を単純化して考えると、「こういう人は守らなければいけないが、こういう人なら傷つけても良い(犠牲にしても仕方がない)」という結論も導くことができてしまうからです。ここでは詳しくは書きませんが、彼の主張は障害者差別などにつながるという批判を浴びました。そして実際に彼は障害者についても語っており、それもまた少し過激な主張になっています。(インターネットで検索をすればそのあたりの議論も多く見つかると思いますので、興味のある方はぜひ調べてみてください。)
ぼくは彼の障害者に対する考えを知って、たいへん複雑な気持ちになりました。納得できる部分もあるけど、納得してはいけない気もするし、納得したくない。そんな、論理と倫理と感情が混ざった、複雑な気持ちになりました。(書いてて気づきましたが、ぼくは牛ラボマガジンの記事を書くたびに複雑な気持ちになっている気がします。しかし、そもそもたくさんのことを考えるためにこのメディアは存在しているので、複雑な気持ちになったり、悩んだりすることは、メディアとしては正しいのでしょう。だからこれからも、複雑なことに悩むということを、続けていきたいと思います。)

この牛ラボマガジンの記事の中で、ピーター・シンガーの思想についてどうこう意見するつもりはありません。ですが、動物愛護について「苦痛」という観点を見出して、それによって良し悪しの線引きをしたのは、ぼくはなるほどと思いました。普通にかんがえれば、痛いことや苦しいことはされたくないし、しない方がいいに決まっています。(もちろんその線引きの影響で上記のような批判も生まれたので、一概にただしい線引きと言い切ることはできませんが)
ピーター・シンガーの主張を盲目的に肯定することはできませんが、「苦痛」という観点は、牧場運営に携わる人間として忘れてはいけないことだと思いました。

ピーター・シンガーから学ぶ、人間の倫理

アニマルウェルフェアやアニマルライツなど、動物のいのちについての議論はいまも多くあります。私たちも牧場運営に関わる以上、継続して向き合っていくことを約束します。ピーター・シンガーの書籍『動物の解放』は、そういった議論に参加するための必読書です。もし興味のある方はぜひ読んでみてください。
ほかには、同じくピーター・シンガーの、『実践の倫理』という本もおすすめです。こちらの方がより対象が広く、ジェンダー、環境、動物、難民など、さまざまな問題に対しての提言をしています。いろんな人の興味関心にひっかかるかもしれません。
もっとかんたんでわかりやすい本が良いという方は『あなたが救える命』『あなたが世界のためにできるたったひとつのこと』などがおすすめです。ピーター・シンガー入門として、とっつきやすい本になっています。

ぼくはこのプロジェクトがはじまるまで、アニマルウェルフェアやアニマルライツにはまったくの無縁で、門外漢でした。プロジェクトがはじまってからいろんな本を読んでいますが、まだまだ勉強不足を実感しています。一冊の本を読むにも、わからないことが多く、調べながらです。それに、読まなければいけない本がまだまだ山積みになっています。でも、少しずつ世界が広がっているのがわかります。これまでまったく知らなかったことがどんどん自分の中にインストールされ、世界の見え方が変わってきています。その中でも、ピーター・シンガーの本にはとくに刺激的でした。書籍『動物の解放』が、アニマルウェルフェアに関するあらゆる議論の土台になっている理由が少しわかった気がします。

みなさんもお時間があれば、ぜひピーター・シンガーの本を読んでみてください。動物のことだけでなく、社会におけるいろんなことを考えるきっかけになったり、視野が広がったりするかもしれません。

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『動物の解放 改訂版』ピーター・シンガー
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(執筆・編集:山本文弥)