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牛から考える、これからの地球――私たちは100年後の地球のために何ができるのか(後編)

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。先月よりはじまった牛ラボマガジンですが、牛ラボマガジンでは「牛」を中心としながらも、食や社会、それに環境など、様々な領域を横断して、たくさんのことを考えていきたいと思っています。今回は大きな視点をいただくために、「環境」の視点で専門家の方へのインタビューを実施しました。

ご協力いただいたのは、東京大学大学院農学生命科学研究科動物細胞制御学研究室の高橋伸一郎教授です。高橋先生は、地球を守る科学者「地球医」の輩出をめざすOne Earth Guardians(※以降「OEGs」と表記)育成プログラムという教育・研究プロジェクトの立ち上げ、運営に関わられています。
高橋先生には、「牛から考える、これからの地球」をテーマにお話をお伺いしました。前後編にわけて、インタビューの様子をお届けします。今回はその後編です (前編はこちら)。

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──私たち個人が地球のために今日からできることはあるでしょうか。
地球に対してこれをやれば大きなペイバックになるということが明確であれば、既にやっていると思います。自分たちの提案が「絵に描いた餅」にならないようにするために、小さくても自分で考えて実践できることをやっていくということが基本と考えています。私は、この活動の説明をするときには、まず、ご自宅に帰ったら家族と夕食を食べながら、「今日こういう話を聞いたけど、どう思う?」と話題にしてもらうようにお願いしています。
OEGs育成プログラムは地道に人々に考えを伝搬させて社会全体の価値観を変えていく構想なので、100年かかるわけです。100年後の理想は、地球のことを考えることが当たり前な社会になって、この学問領域の存在の必要性がなくなっている状態でしょうか。私たちはこの活動が終わることを目標に動かなければならないわけです。

──実に地道な活動になっていくと思いますが、100年で足りるのでしょうか。
100年は、1つのランドマークに過ぎません。25年先では想像可能なので「それは違うでしょ」と言えてしまうし、300年先では荒唐無稽に聞こえてしまいます。理想論を語るには100年くらいがちょうど良いのではないかと思っています。
もちろん、100年の感じ方も人それぞれ違うでしょう。しかし、違いは問題でありません。余裕がなく、明日が大事な人は明日を大事にすれば良い。しかし、少し余裕ができたら、自分が生きている近い将来のことを、そして子孫が生きている遠い将来のことを、少しずつ考えていただければと思います。人類の一員として、ひいては生物の一員として、次の世代に地球を良い形でリレーしていくことは私達の一番大事なミッションだと思います。それをいつもどこかで意識をして、それぞれの皆さんが、日々生活のどこかで「自分になにかできることはないか」と思い浮かべ、行動できるかが問われているのではないでしょうか。

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──OEGs育成プログラムを推進している高橋先生として、牛ラボマガジンに期待していることはなんでしょうか。
一番は、産業動物としての牛のすべてが見えるようなメディアでしょうか。生産という生々しい現場で、どうやって餌ができ、どうやって牛を繁殖・肥育し、屠殺後、どのように加工、流通して、私たちの口に入るのか、そして、その時出る未利用資源はどこにいくのか、そんな流れがわかるような場所は意外と存在しません。実は、そこを知っている人は、ほとんどいないんじゃないでしょうか。大学教員も自分の専門分野は知っていても、チェーン(一連の流れとして繋がっている状態)になっていることの意識は低いです。そして、そこにはさまざまな問題があります。
例えば、ミルクを生産するホルスタインは極限までモノカルチャー化(一種の農産・畜産物を生産する農業の形態)された生き物です。ただ、消費者も「これがミルク」とレッテルを貼っているため、生産者もそれをつくらなければ儲かりません。そのため、生産者側もそれこそがミルクと思い込んでいます。しかし本来は、多様な牛がいて、さまざまな牛乳があり、それぞれ個人が好むものを楽しんでいる状況であるべきなのでしょう。そうでないと、万一、一種しか存在しない牛が何かの伝染病にかかってその種が生き延びることができなくなると、私達は牛という動物資源を地球上から失うことになるのです。
そういった問題を考えていく上では、生産者と消費者、双方のリテラシーを高めていく必要を感じています。そのためにも、「皆さんの力が必要です」というメッセージを表現してもらいたいですね。

──一連の流れの中で「誰がそこで得をして、誰がそこで損をしているのか」を誰も知りません。そこを、誰も傷つけずに明らかにしていきたいと私たちも考えていました。
誰かが得をして誰かが損をしているという構造は、昔からずっと変わっていません。たとえIoTやAI技術が進んだとしても、社会全体の構造は同じだと思います。効率があがるということは、回転が速まっているにすぎません。しかも、回転が速いと、そういった構造になって不利益が生じていることに、皆さん、気がつくことすらできなくなります。それを、いかにゆっくりまわしても大丈夫な構造にしていくのか。それが、衣食住、学問領域でいえば農学が考えていかなくてはいけない大きなテーマになるのではないかと思います。

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──これまでのお話を聞いて、やはり根本は全体をシステムとして見ることが重要であると感じました。今まで、いかに個別に最適化されたなかで物事を見てきていたか、はっとさせられました。
私はこれからも「考えられる人」を育てていきたいと思っています。東京大学農学部では、年間200〜300人もの学生を世に送り出しています。そこから、人材の輪を広げていくこともOEGs育成プログラムのミッションなのです。「One Earth Guardians」の「Guardians」に「s」を付けている理由はそこにあります。人は1人ではなにもできません。チームとして、ネットワークをどう組み上げていくかが命綱です。1人で地球を背負う必要はありません。地球全体を担うチームとしての「Guardians」にこそ価値があるのです。
昨今、「AI(人工知能)が人の仕事を奪っていく」と囁かれています。それにより仕事を失う人がたくさん出てくれば、「自分は何をすればいいんだ」と憤る人たちとAIで得をする人たちとの間に価値観の分離と対立が起こる危険が潜んでいます。これを防ぐためには、考えられる人、他の人を思いやれる人を育てていく必要があります。思いやりは、人間が持っている特殊能力の一つです。だからこそ、私たちは相手のことを考えられるような社会にしていかなければいけないと考えています。同時に、次の世代の人達のために、経済的価値だけではなく、thoughtfulnessを高く評価する成熟した社会を作っていかなくてはいけない。だから、「AI(エーアイ=人工知能)」だけではなく、「AI(アイ=愛)」も必要なのです。人類を含めた地球上の生物、経済価値のない生物も全部含めて思いやれる、そんな社会にしていく基礎づくりを、教育・研究を通じて進めていく必要があると考えています。

編集後記
この記事の最後に「愛」の話が書かれている通り、インタビューの最後は「愛」の話で終わりました。それがとても心に残っています。
誰がどう見ても、いま、社会や世界は混乱していると思います。環境の問題もあれば、経済の問題もあれば、政治の問題もあれば、ネットワークやコミュニケーションの問題もあります。何かあると経済の話が中心になることも多く、愛や思いやりについて考えるような機会も、なんだか減ってしまった気がします。
経済はたしかに重要です。ですが、それは世界にとって一つの要素でしかありません。数字では表現できないかもしれませんが、思いやりや愛など、この世界にはもっと大事なファクターがたくさんあるはずです。
そのことに真面目に向き合うためにも、「今」の瞬間のことだけを短期的に考えるのではなく、たとえば「100年先」のような、自分たちがいなくなった後の世界を想像することが重要なのだと気付かされました。そしてそれが、いまの時代を生きる私たちの、未来の子どもたちに対する責任なのかもしれません。
ただ、いまの時代、「100年先」を考えるような余裕がないこともまた事実だと思います。景気が悪い中、明日の生活すら不安に思う人も多いと思います。明日のことを考えるのは大切、でも、100年先を考えなくていいというわけではない。むしろ、考えなくてはならない。そんなところに、いま私たちは立っているのだと思います。
かんたんに答えが出るような問題ではありませんが、考えることをやめてはいけない、そんな風に思います。考えることをやめてしまったら、この世界からどんどん「愛」がなくなっていくような気がするからです。
私たちも、「今」を見つつも「100年先」を考え続け、いま作っているこの施設を、「愛」のある施設にしていきたいと思います。(fy)

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インタビューに答えてくれた方
高橋 伸一郎(たかはし しんいちろう)
東京大学農学系研究科博士課程を修了後、東京農工大学農学部助手、ノースキャロライナ大学医学部研究員、東京大学農学系研究科助教授を経て、東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は、分子内分泌学。動物が環境に応答してどのように生命を維持しているかを、生体内の情報伝達機構の観点から研究・教育しています。その過程で、この仕組みを使って高品質食資源動物が作れることを見つけ、その利用にも関わっています。研究室のURL http://endo.ar.a.u-tokyo.ac.jp

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(執筆:稲葉志奈、編集:山本文弥)