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人と牛のための建築――管理する舎ではなく、敬意を表する社としての設計(前編)

みなさん、こんにちは。牛ラボマガジンです。

今回は千葉ウシノヒロバの建築設計をお願いしている建築設計事務所「TAIMATSU」と協働メンバーであり、個人でも設計事務所を主宰されている溝部礼士(みぞべれいじ)さんにお話を伺いました。

溝部さんは、千葉ウシノヒロバの中で牛の居場所である牛舎の設計を担当されています。人が過ごすための建築と、牛が暮らすための建築、そこにはどのような違いがあるのでしょうか。今回はその前編です。後編はこちら。(このインタビューはオンラインで行いました。)

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1000年残る建築をめざして

──溝部さんは個人でも建築事務所を主宰されています。これまでさまざまな建築を担当されてきたと思いますが、どんなことを大事にされていますか。
一言で言うと、「1000年残る建築」を意識しています。理由は非常に単純で、「自分の納得がいくものづくりをしたい」という想いが根幹にあるからです。
もともと、ものづくりが好きな家族の影響もあって、高校はデザイン科がある学校へ進み、建築以外のデザインや美術にも親しみました。そこから夜間の建築専門学校に通いながら、昼間は設計事務所で働いて建築を学びました。なので、他の同世代の人より少しだけ長く実務を通して建築に触れてきたと思います。小さなアトリエ設計事務所から組織設計事務所まで、いろんなタイプの設計事務所に身を置くことができました。設計する建物も、住宅から始まり、知的障害者福祉施設や医療施設、都市再開発の大きなプロジェクトなど、さまざまです。
そうこうして、自分も独立し仕事をしていく中で、「何のために建築をつくるのか」と考えるように。「自分が納得できる良いものをつくりたい」という気持ちは昔からありますが、それだけでは利己的な願望とも言えるので、違和感を感じていました。そこで、具体的な時間で考えてみたのが「1000年残る建築」です。1000年残ることができれば、それはきっと自分が納得できるものだろうし、社会にとっても良いものになっているはず。1000年前のものが今も存在しているってすごく豊かなことだと思うんです。実際に、法隆寺やパルテノン神殿のように、1000年以上の建築は少なからず現存しています。

「残る」というのは、建築だからこその価値だとも考えています。プロダクトで1000年残ると聞くと、進歩がない印象になってしまう気がします。たとえば、スティーブ・ジョブズが開発した革新的なiPhoneが1000年後残っているかというと、残っていないと思います。むしろ、進化の観点で考えれば、残っていない方が良い。でも、建築が1000年残ったとしたら、それは非常に価値があることです。
建築とプロダクトでは、「残る」の意味が少し違うんです。そういった、建築にしかできない価値を、もっと大切にしていきたいと思っています。

さらに、1000年残すという意識になってから、見えてきたこともありました。通常の建築は、いわばクライアントワークです。施主がいて、その人のために建築をつくっていく。でも、1000年後には施主は存在しません。施主や、経済原理を越えて、もっと先のことのための建築を問うことへ繋がっていきます。
ただ、「じゃあ、1000年残すってなんだろう」と考えると、どうしてもすごく抽象的な話になってしまいます。まず、1000年後の価値観がどうなっているかわかりません。機能や性能をよくしていけば残っていくとも限らないし、造りを頑丈にして耐久性を高めれば良いというわけでもない。日本では、崩れたり燃えてなくなったりしても、再建されるものがあります。ずっと残っていく建築の何がそうさせるんだろうという問いが、ずっと自分の中にあります。
それはもしかしたら、「愛」のようなものなのかもしれません。「愛」と言っても、建築自体への愛や、関係する人々からの愛など、いろんな愛があると思います。そういうことを常に考えながら設計していきたいと思っています。

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──「残す」、すごく良いですね。人は過去から学ぶ生き物なので、何かが残っていないと学べません。溝部さんの話を聞いていて、式年遷宮を思い出しました。建築自体は新しくなっていくけど、魂が昔のまま残っている。
まさにそうですね。式年遷宮のように、ルールを決めて思想や形が残るようになっているものがある。あるいは、建てたときの思想が残っていなくても、形が残り続けているものもある。そうやって、形として残っていくということ自体が、建築の強さや信頼性を証明していると思っています。それが、ぼくが言う「残す」ということの意味です。

──そう考えると、最近の建築物は昔の建築物と比較して、寿命が短いものが多いのではないかと思いました。そういうことについては寂しいと感じる気持ちもあるのでしょうか。
寂しさはありますね。いくら頑丈なものをつくったとしても、経済的寿命が尽きて30年くらいで壊されてしまうものも多々あります。機能が良くても既製品ばかりでつくられたものは、あっさりと壊されることもあります。それこそ、今の時期にすごく多いんです。高度経済成長期くらいに近代建築の名匠がたくさん良いものを建ててきたのですが、いま取り壊しが進んでいます。それらがなぜ壊されてしまうのかを学ばなければ、結局これからも同じことを繰り返してしまいます。

──お話を聞きながら考えていたのですが、残るものには何かしらの宗教性のようなものがあるのかなと思いました。理屈とか論理とか経済ではなく、壊してはならないという使命を感じるような。たとえば、建築とは少し違うかもしれませんが、太陽の塔はなんだか残りそうだなと感じました。物理的に大きくてインパクトがあって、すごく宗教的なイメージが強い。いまでも残っているものには、そういった宗教的な崇高さを感じさせるものが多いように思うのですが、いかがでしょうか。
祝祭性や崇高さというのは、ひとつあると思います。1000年前から現存する建築のほとんどが宗教建築です。
1000年残るかはわかりませんが、個人的には代々木体育館や東京タワーも例として挙げたい建築です。当時の社会状況で、新しい建物が少ない中、今までになかった技術を結集してつくられています。その時代の職人や建築家を含め、社会全体でやりとげた建築です。そうして組み上げられた形は、いまでも全然耐えられる強度を感じます。たとえ性能的に交換期が来たとしても、「まだなんとかしよう」という心持ちにさせてくれる気がします。
その建築を設計した人間だけでなく、さまざまな人の想いも詰まっているということが、長く残り続ける理由に繋がっているように思いますし、そこには、たとえ宗教建築でなくとも崇高さに近いものを感じます。

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自らの視点で牛舎建築を考える

──溝部さんは、牛舎の設計は初めてだとお伺いしました。人じゃなく牛が暮らす場所なので、考え方が変わるかと思います。まずはじめにどんなことから考えられましたか。
牛に対しては、ほとんど無知といえる状態でした。胃がいくつかあって反芻するということくらいしか知らない。肉牛と乳牛の差はわかるものの、どういう過程を経て自分がその肉を口にしているのか、その仕組みさえもまったくわかっていないような状態でした。「アニマルウェルフェア」という言葉も今回のプロジェクトで初めて知りました。
なので、まずは牛の生態を調べるところからはじめ、牛舎の設計についても同時に知識を深めていきました。

牛舎について調べていくと、生態に合わせて環境を工学していくような知見はすでに確立されたものがたくさんありました。たとえば、照度がこれくらいになるとこうだとか、換気はこれくらいの流量が良いだとか。数字で指数を出していきながら快適な環境をつくっていく。これは、人間の建築とも通ずる考え方です。それと、作業の効率化や低コスト化をどう図るかも重視されています。建築基準法では低コストでできるように、畜舎関係の建物には緩和規定があります。そういったことを背景に牛舎の形が決まっています。

ただ、飼育方法の形式はいくつかあるものの、動物工学や環境工学的な知見と経済的な観点でほとんど完成されており、その中で自分は何をすべきかという戸惑いがありました。

──その戸惑いの中で、どう考えていったのでしょうか?
牛舎は、堅実な設計をしていると同時に、ポテンシャルをもった建物でもあると感じています。たとえば、千葉ウシノヒロバの前身である千葉市乳牛育成牧場時代に建てられた育成牛舎や、フリーストール牛舎[*1]は、とても魅力的な雰囲気を持つ空間になっています。そこから、その魅力的な雰囲気を、人と牛との関係をより良くするために利用することができるのではないかと考えました。
「アニマルウェルフェア」や「牛のため」を考えようとすると、「山地酪農[*2]が一番いい」という結論が出てしまいます。山地酪農自体は、すごく素敵な牛との付き合い方です。しかし、今回のウシノヒロバは預託事業です。リソースにも限りがあります。だから、まったく同じようにはできないし、そもそも山地酪農はみんなが簡単に真似できる解答ではありません。前提として広大な面積の土地が必要です。「牛のため」ではなく、「人と牛のため」の別の解答はないかと、ずっと考えていました。

(後編に続く)

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*1 フリーストール牛舎
牛が自由に歩き回れるスペースを持った牛舎の形態。繋ぎ飼いとは異なり、牛舎内で牛が自由に行動することができる。牛の寝床が1頭分ずつに仕切られ、牛のペースでどこでも自由に出入りして休息することができる。

*2 山地酪農
牛を牛舎に閉じ込めて管理するのではなく、広い土地に「放牧」する酪農の方法。牛は自然の中を自らの足で歩き、草を食べて生きる、アニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮した酪農のあり方。

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インタビューに答えてくれた方
溝部礼士(みぞべ れいじ)
1985年東京生まれ。早稲田大学芸術学校を卒業後、設計事務所勤務を経て、2012年に溝部礼士建築設計事務所を開設。
住宅をはじめ、福祉施設や集合住宅など、用途や大きさを問わず、社会性を持った視点で取り組む。「残る」ことこそが建築にしかできない価値だと考えて、「1000年残る建築」を意識するようになる。
みんなで創り上げる緊張感、誰も目を向けないことにも拘りの愛を持つこと、そんなことを楽しみながら活動している。
Reiji Mizobe Architects  http://reijimizobe.com

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(執筆:稲葉志奈、編集:山本文弥)