第107話「放課後の魔獣狩り」
鎧を着た大鬼(オーク)が黄色の森を歩いている。
豚のような鼻にイノシシの牙、とんがった耳、落ちくぼんだ瞳、そして2メートルは優に超える巨体。
部族同士の抗争があったのか、返り血を浴びていた。
リンは木陰からオークの方を覗いていた。
(あの鎧に光の剣は通らないな)
鎧は金属製だった。
リンは『物質生成魔法』を唱えて鉄球を繰り出す。
オークの耳がピクリと動いて反射的に回避行動をとった。
鉄球はオークに当たらず近くの木をへし折った。
(外した)
オークは鉄球が飛んできた方向を睨む。
リンは走り出す。
「木の精霊達よ。道を開けておくれ」
リンの呪文に反応して木々は一斉に枝と幹をしならせてリンのために進路を開ける。
リンは走りながら、後ろで木が吹き飛ばされる音を聞いた。
オークが自らの巨大な体躯を阻む木々を薙ぎ払いながらこちらに向かって進んでいるのだ。
リンは足音がどんどん近づいているのを感じながら、オークを誘い込む場所まで走って行く。
オークは怒りに任せて突進し、いよいよリンを目と鼻の先に捉えた。
リンは茂みから広い場所に出た。
オークも追撃するため躍り出る。
リンを間合いに捉えて斧を振りかぶる。
「『冶金魔法』。オークの鎧を剥がせ!」
リンは指輪を光らせて魔法陣を展開させる。
密林の遮蔽物がない場所で魔法陣は淀みなく描かれオークの巨体もその範囲内に収まった。
オークの鉄製の胸当てはボロボロと鉄くずになって剥がれていく。
オークがリンに向かって斧を振り下ろした。
斧は地面に食い込み、めり込む。
そこにリンの肉片はない。
光の剣がオークの胸元を貫く。
「ふう。なんとか倒せたな」
リンは額の汗をぬぐいながらクッションにしていた大木の幹から離れる。
彼は加速魔法で瞬時にオークの斧を避けて木の幹に体を受け止めてもらっていた。
「ありがとう。木の精霊さん」
リンがお礼を言うと木は返事をするように少し枝を揺らした。
どういたしまして、と言っているようだった。
「上手くいったようですね」
木陰からイリーウィアがひょこっと出てきた。
一緒にグリフォンも出て来る。
場合によっては援護しようと潜んでいたのだ。
(さすがにナウゼとの戦いを勝ち抜いただけのことはありますね。このくらいの敵では動じなくなりましたか)
イリーウィアは杖を引っ込める。
「ではアイテムを回収しましょう」
イリーウィアは小人に命じてオークから血だけを抜き取らせた。
「オークの血は剣を強化するのに使えます」
「ほう」
「オークだけではありません。巨人系魔獣の血を剣や鎧に浸せばより鋭くより硬い武具になるのです」
「イリーウィアさんは鋭い剣や硬い鎧が欲しいのですか?」
「いいえ。私が欲しいのは魔石」
「魔石?」
「はい。巨人族の血は金属の魔石を製錬する材料にもなるのです。オークやオーガがどうやって武具を調達しているのか長年の謎でしたが、ある時ドワーフ(鍛冶好きの小人)がオークの血から鉄の魔石を製錬しているのが観測されました。そうして巨人族の血から魔石を製錬する方法が発見されたのです」
「ほえ〜そんな経緯が……」
「建築魔法では大量の魔石が必要です。年内に森の中に現れる巨人族は限られています。今年はラージヤ先生の授業も開講されて例年以上に巨人族の血の需要が高まるでしょう。今の内に狩っておいてできるだけ集めておくというわけです」
「なるほど」
(ただ気紛れで飛び出したのかと思っていたけれど、結構いろいろ考えてたんだな)
リンはイリーウィアの周到さに感心した。
「ところで魔石の材料になるということはオークの血は結構な高値で売れるということですか?」
アルフルドの街に売っている魔石はどれも高価だった。
リンは利鞘を期待して聞いてみた。
「魔石を製錬する工場は300階層にあるので輸送費や狩猟にかかる費用を考えると学院魔導師ではさほどの利益にはなりませんね。200階、300階層の魔導師なら別ですが」
(ふむ。やっぱり高位魔導師でないと森で狩りをしてもあんまり旨みはないんだな)
「今日は純粋に訓練とアイテム確保のために狩りを楽しみましょう。目標はオーク5体です」
リンとイリーウィアは塔を抜け出した後、魔獣の森の入り口にある協会支部に立ち寄った。
狩衣と指輪を調達して再びグリフォンに乗る。
魔獣の森におけるグリフォンの機動力は素晴らしいものだった。
空から森の全景を見渡せるし、歩いての移動よりもはるかに早く奥深くまで侵入することができる。
リンは以前、イリーウィアが単独でならもっと早く森の奥までいける、と言っていたのを思い出した。
「リン。何か狩りたい魔獣はいますか?」
「そうですね。『メデューサの迷宮』を完成させたいので、『ミノタウロスの角』が欲しいですね」
「分かりました。ではイエローゾーンに向かいましょう」
イリーウィアはイエローゾーンに入る手前のところでグリフォンを下降させた。
さすがの彼女もイエローゾーンの上空を悠然と飛ぶような危険は冒せなかった。
「イリーウィアさんは何か狩りたい魔獣はいないんですか?」
「そうですね。私はユニコーンの角とヘカトンケイルの血、ヨツンの血が欲しいですね」
「ユニコーンというのは一角獣ですね。銀色のたてがみを持つという。本で読んだことがあります。ヘカトンケイルやヨツンと言うのは何ですか?」
「巨人族でも最上位の者達ですよ。ヘカトンケイルの血からはミスリルが。ヨートゥンの血からはオリハルコンがとれます。ミスリルとオリハルコンもそれぞれ最上位の金属ですよ」
「ほう」
「ただ彼らはレッドゾーンに生息しているため、イエローゾーンで遭遇することは稀です」
(ふむ。イリーウィアさんのためにどうにか手に入れることはできないものかな)
二人ははぐれオークの血を抜いた後、小休止した。
グリフォンが餌(オークの死肉)を食べ終わるのを待ってから、また森を散策する。
イリーウィアはティドロがしていたように魔獣を見つけるや否や速攻で攻撃するというようなことはしなかった。
魔獣の言葉を高度に話せる彼女は基本的に遭遇した魔獣に対して報酬と引き換えに協力を要請した。
対話を試みて無理そうなら攻撃して打ちのめした。
打ちのめした後もこちらに敵意を向けるようであれば殺した。
魔獣の方でもイリーウィアの魔力の強さはわかっているようで、オークやキメラのようにやたら攻撃的でよほど知能の低い魔獣でもない限り彼女に協力した。
特に彼女に協力的だったのが鳥獣系の魔獣だった。
空を飛べる彼らは索敵という形で協力した。
イリーウィアの力の強さを感じた彼らはしきりにイリーウィアと契約を結びたがった。
彼女に果物や光り物を贈って気を引いてくる。
イリーウィアは承諾しないまでも、彼らに思わせぶりな事を言ってやる気を出させた。
「いいんですか。あんな思わせぶりな事を言って。契約を結ぶつもりなんてないんでしょう?」
リンは心配そうに尋ねた。
「大丈夫ですよ。契約さえしなければどうとでもなります。それに……」
イリーウィアは哀しげな顔をした。
「彼らは忘れてしまうのです。私の顔と名前も交わした約束も三日と経たず忘れてしまうでしょう」
イリーウィアは索敵に専念して戦闘はリンに任せた。
リンは彼女が自分を鍛えてくれているのだと思った。
魔獣と遭遇していくうちに彼女の探索隊は何十体にも膨れ上がった。
魔獣達はイリーウィアを中心に円を描くように森を捜索する。
魔獣を見つければすぐに彼女に知らせる。
彼女の力を借ればリンは簡単に魔獣に対して不意打ちをかけることができた。
二人は瞬く間にノルマであったオーク5体を狩り終えた。
目標をよりレアな魔獣に切り替える。
今も彼女は鳥型の魔獣(全長2メートルはある大鷲)の話す言葉に耳を傾けていた。
「ふむふむ。そうですか。それは耳寄りな情報ですね」
「何か魔獣が見つかりましたか?」
「ええ、ウェアウルフの群れが近くにいるようです」
「ウェアウルフといえば……人狼のことですよね」
「ええ。移動する時は四足歩行、戦う時は二足歩行になって剣で攻撃してくる、俊敏かつ攻撃力の高い厄介な魔獣です」
「ウェアウルフの弱点は確か炎ですよね」
「その通りです」
ふとイリーウィアは物思いに耽るような表情をした。
「ウェアウルフの毛皮は非常に肌触りが良く、防寒にも優れている高級品です。それで作られた衣服を身に纏えればどんなにいいでしょうね」
「分かりました。戦います。僕に任せてください」
リンは妖精魔法の威力を上げる『フラムの魔石』がついたイヤリングを耳に付けた。
イリーウィアは精霊魔法で木の精霊達に道を開けさせる。
彼女は数百メートル先の木の精霊にも命令を出すことができた。(リンの実力では数メートルが限界)
瞬く間にグリフォンが低空飛行するための進路が作られる。
二人はグリフォンに乗ってウェアウルフの群れがいる場所に急行した。
使役している鳥獣に先導させながら森を進む。
その際、シルフに風向きを操らせてグリフォンと二人の足音及び匂い、そして魔力の気配を相手に気づかせないようにした。
素早い動きが持ち味のウェアウルフだが、さすがにグリフォンの機動力には敵わない。
リンとイリーウィアはウェアウルフの群れに気づかれず、接近することができた。
茂みに隠れながら彼らの様子を伺う。
ウェアウルフ達は狩ったばかりの獲物をみんなで仲良く食べようとしているところだった。
リンは妖精魔法を唱えてウェアウルフの周囲の酸素を操って発火する。
炎が彼らを包み込む。
ウェアウルフは突然の出来事に狼狽してバラバラに逃げ始める。
リンは最も毛並みの良さそうなウェアウルフに目星をつけて追跡し、周囲を炎の壁を作り追い込んで行く。
他のウェアウルフに背後を突かれないよう、イリーウィアはリンの背後に炎を撒いた上、鳥獣達に追撃させてくれた。
火の壁に包囲されたウェアウルフはどこに逃げて良いか分からずただオタオタするばかりだった。
リンは鉄球でウェアウルフの頭部を攻撃した。
彼の付けていた鉄兜が砕けて外れる。
ウェアウルフはこの攻撃で昏倒しながらも自分を狙う狩人の存在に気づく。
怒り狂い、たける炎をものともせず、リンに向かって突進してくる。
光の剣がウェアウルフの頭部を貫く。
リンは小人に命じてウェアウルフの毛皮を剥がせ、イリーウィアに献じた。
イリーウィアはまだ血と脂を抜いていない毛皮にも関わらず上機嫌で羽織ってみせる。
「どうですかリン? 似合います?」
リンは苦笑した。
「そんなものでそこまで喜ばなくても。あなたは他にもたくさん豪華な衣装を持っているではありませんか」
「あなたにもらえたのが嬉しいのです」
イリーウィアは鼻歌を歌いながら森を歩いて行く。
リンは彼女の姿を見ながら考えざるを得なかった。
お茶会での彼女と学院での彼女、森の中での彼女、どれが本当のイリーウィアなのだろうか。
リンには森の中にいる時のイリーウィアが最も自然体のように思えた。
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