『推し』が出来た日のこと

私は元来、熱しやすく冷めやすい性分だ。

だから、『推し』という存在を作ることは無縁だと思っていた。そんな私にもついに『推し』が出来たのは、このコロナ禍で精神がやられていたからなのか、『推し活』をしている友人を羨ましく思っていたからなのか今となってはどうでもいいが、この時の気持を忘れないように備忘録として書こうと思ったのは確かなことである。

2019年5月1日に元号が令和に変わり、12月31日に令和初の年越しを済ませ、令和初の年明けが2020年の1月。

2020年の元旦は、新しい元号になってやっと本当の意味での新しい年を迎えることが出来たと思っていた人も少なくないのではないだろうか。

家族や友人と新年を祝ったり、あるいは仕事をしたりと各々がいろいろな思いを胸に、令和という時代を迎え始めたころ、お隣の国で未知のウイルスが発生しているというニュースが流れたのを、うっすら記憶している。

その時は、よその国のことという認識でいたし、クルーズ船から感染者が出たというニュースが流れても、それほど気にはしていなかったし、風邪のようなものだから気にするなという情報をSNSで目にすることも多かった。

ところが、あれよあれよという間にその未知のウイルスの話題で世界は混乱に陥った。

感染予防にとにかくマスクを着けるようにとマスコミ報道があり、マスクが市場から消えていった時は、変な焦りを感じていたし、感染したら嫌だなという気持ちが湧き始めていた。

まさか、不織布マスクを洗って使う日がくるなんて誰が想像しただろう。

他人と接することが当たり前の接客業の仕事をしている私にとっては、仕事をすることが恐怖でしかなかった。

日に日に感染者が増えていき、初めての緊急事態宣言が下され、家に籠ることになった時も出来る限り家から出ないようにしていた。

解除される前に仕事が再開した時は、不安でいっぱいになり、店に買い物に来る客に嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

私の心ははどんどん暗い方に吸い込まれていった。

毎日のようにイライラし、夜もあまり眠れない状態が続いたためか毎日頭痛がしていたし、何となく熱っぽい時が何度もあり、そういうストレス症状に耐えられなくなると、会社を早退して家に引きこもった。

そんな日が数ヶ月つづき、毎日を惰性で生きていた私は、いつものように家でテレビを観ていた。

確か、アニソン特集の音楽番組だったと思う。何も考えずに観れるのをいいことに、ただ流していた。

懐かしい前奏が流れたのを耳がキャッチして、ふとテレビ画面を見ると、知らない人が映っていた。

画面の右上に小さく"WANDSが新ボーカルを迎えて復活"のような意味合いの文字が読めた。

え?どういうこと?新ボーカル?若っ!大丈夫?

WANDSの全盛期を知っている私にとっては、20年以上経って今更ながら復活し、更に若い新ボーカルを迎えるなんて、チャレンジしてきたなぁとしか思えなかった。

そして、そのWANDSの新しい若いボーカルが歌い出した途端、私の胸の辺りが熱くなりギュウと掴まれるような痛みが走ったかと思うと、私の目と耳は文字通り、彼に釘付けとなった。

彼らの出番が終わったあと、私は先程感じた胸の辺りが熱くなり、掴まれるような痛みを感じた原因を探していた。

それなりの年齢なので、心筋梗塞の前兆なのでは?から始まり、狭心症?など私が分かる範囲の心臓に関する病名を思い浮かべた。

さっきのは何だったんだと、結局自分の中で納得のいかないままその日はそれで終わった。

その時は、数ヶ月後にまた同じような症状が出ることになるとは思わなかった。

肌寒くなり、未知のウイルスの存在にも慣れ始めてきた頃、とある音楽番組をいつものように流れで観ていた私は、またもや彼らに出会ってしまう。

テレビに映った、WANDSに加入した若い新ボーカルが、髪を短くしたことに気付いてしまった自分に驚くのだが、またしても以前に感じた胸の辺りが熱くなり、ギュウと掴まれるような痛みを感じてしまう。

もう、その時には原因は解っていた。

いい歳をして、この若くてイケメンでイケボで歌の上手いWANDSに加入した新ボーカルに惚れてしまったんだんだな、と。

彼らの出番が終わると、私はスマホ片手にありとあらゆる現在のWANDSに関する情報をネットから取り寄せ始めた。

数時間後、感動に似た感情が私を支配していた。

新しくWANDSに加入したボーカルは、上原大史という名前だということ、柴崎さん、木村さんという昔のメンバーがそのまま居るということ(個人的には柴崎さんと木村さんが昔の印象とそんなに変わりがないことにかなり驚いた)、今は5期という括りだということ、名探偵コナンのオープニング曲をタイアップしていたということ……は?観てた!あのコナン君が踊ってたやつでしょ?あの曲カッコイイと思ってたんだよね、WANDSだったの?と当時、今更ながらに気付いた私はYouTubeで【真っ赤なLip】を視聴。

もの凄くカッコイイ。WANDSなのに何だこのジャジーな雰囲気。WANDSなのにと思ったのは、私が思うWANDSの曲は、ロックテイストのポップス、あるいはロックだと思っていたので、【真っ赤なLip】に新鮮な感じがしたのだ。

これは新しいWANDSだ、進化して復活してくれたんだ。令和というこの混迷の時代に、かつての平和な時代に聴いていたWANDSの楽曲を再び聴けるという喜びは大きかった。

予め断っておくが、私はWANDSの楽曲は好きだが、かと言って初代ボーカルの上杉昇さんを神格化するほどのファンではない。だから、WANDSは上杉昇さんでないとダメだとは微塵も思わない。

WANDSのボーカルが上原大史さんで3代目ということにも驚いたし、ギターもキーボードも変わっていたということに更に驚いた。それくらいのライトな楽曲ファンだった。

更にいろいろ調べるうちに、新ボーカルを務める上原大史さんの情報が目に耳に入ってくるが、公式にオープンされていない情報に関してはここでは触れずにおくが、ファンの間では周知の事実となっていることがある。

私は後にそのギャップにもやられてしまった(このことについては後日書かせていただきたい)。

そして、何より彼の覚悟の凄さに感動してしまった。覚悟という言葉の重みを、まさかこの美青年から教わるとは思ってもいなかった。

まずWANDSの3代目ボーカルを引き受けるなんてことが、尋常じゃないことは素人の私にも分かる。

WANDSというビックネームを復活させるということがどれほど大変なことか、事務所内の大人の事情という名の制約などの表に出せない諸々はもちろん、柴崎さんや木村さんだっていろいろあっての今だと思うし、一般人には到底理解出来ない範疇の重圧を抱えているはずと勝手に解釈出来る。

そもそも初代ボーカルの上杉昇さんを神格化しているファンたちは絶対的に認めないだろうし、当時人気絶頂の中、上杉昇さんが脱退したことで良くない噂がたっていたことなどを知るファン、このボーカル交代やWANDS復活を気に入らない一部のファンがSNSの匿名制を利用して酷い言葉をこれでもかと並べ立て散々に叩いてくるだろうし、さらに若くてイケメンのこの歌の上手い新ボーカルの素性を明かしてやろと、躍起になる人達も少なからず居るはず。今はそんな時代なのだ。メリットよりも明らかにデメリットの方が多いのは当然のこと。

WANDSの生みの親でもある名プロデューサー直々に、ボーカルに抜擢されるという名誉を頂きながらも、一時は迷い苦しみ、それでもやると決めたからには腹を括ってやりますと宣言した彼だが、その後に発生するであろう数々のデメリットは容易に想像がついたはず。いくら滅多にないビッグチャンスとはいえデメリット諸共引き受けてしまうという彼の覚悟に、今の時代なかなかお目にかかれない熱い気持を持つ人間だということを感じたし、こんな人には今後出会うことはないだろうとさえ思わせてくれた。

どこぞの馬の骨とも分からない若造が、レジェンドとまで言われているWANDSのボーカルを担い、その周りにはかつての全盛期のWANDSを盛り立てた張本人のベテラン2人が新しい若いボーカルを見守るように存在するという稀に見るバンドだ。

数時間かけて自分で調べ尽くした事柄に率直に心を動かされた想いはきっと今後も忘れないと思う。人生で初めてこの人たちを応援したい、"推し"たいと心から思った瞬間だったからだ。

私が思うに、上原大史さんの初代、2代目ボーカルの方々へのリスペクトを忘れない謙虚な姿勢は、インタビュー時の受け応えや歌う姿勢にも現れているし、その辺は往年のファンにもしっかり届いているのではないだろうか。いや、届いていて欲しいという個人的な願望でしかないが。

偉大なる先代のボーカルの方々を研究し尽くし勉強し、往年のファンの方々を気遣い、声や歌い方を似せたりと、彼なりに努力していることが伺えたデビュー当時に比べ、今現在は上原大史さんの色がいい感じに出てきて、ちゃんとWANDSの3代目ボーカルとして確立しているような気がしている。また、柴崎さんも新しいWANDSを見てくださいというメッセージを発信してくれているように思う。

今度の新曲が、それをより強く感じさせる。

一聴、WANDSを感じさせないメロディラインだし、優しく切ない歌詞は往年のWANDSとはかけ離れているといえるかもしれない。しかし、柴崎さんのギターソロや相変わらずの耳馴染みのいいメロディラインはやはりどこかに自然とWANDS風味を感じてしまう。

そして、上原大史さんの優しい歌い方。こんな声も出せる、こんな風にも歌えるんだとファンのみならず、最近のWANDSの楽曲を耳にし、このMVを見た人なら一様に感動するのではないだろうか。(このMVに木村真也さんは出演されていません。木村さんの体調のご回復を願うと共に、木村さんの復帰ををいつまでもゆっくりと待っています)

こんなことをされたら自然と次の新曲にも期待が膨らんでしまうではないか。あえてハードルをあげてくるあたりも(ご本人はそうでないかもしれないが)上原大史さんの魅力だと思う。

いつ抜けることが出来るか分からない長くて暗いトンネルの中にあって、私は偶然にもWANDSに出会えたことで、先の方に一筋の綺麗な光を見付けたようだった。

かくして私は、人生初の"推し"たい人間と出会いを果たすことになった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?