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短編小説『ラブホテル』

住宅街の中に佇んでいる安っぽい煉瓦調の建物の地下駐車場に車が入っていく。

『昼間でも多いな』と、左で運転している男がハザードを焚いて駐車を始める。

ギアを触っている手が妙に色っぽさを出して、この手が今から自分の体を触れる手なのかと思う。

『ついたよ』と言われ、私は無言で扉を開けようとすると、重く上手く開かなかった。

『ちょっと待ってて』
男が先に降りて、車の前を通過してこっちに来る。
『どうぞ』と、扉を開けてくれて促してくれる。

「ありがとう」
レストランからここに来るまで発さなかった声を今久々に出した。

この男は今日初めて会った。
マッチングアプリに登録して、「いいね」がきた中で一番顔が良かったから私も「いいね」を返した。

それだけでマッチングしましたと語尾にハートマークがついて知らせてくれる。

そんな簡単に出会える世の中は煩わしさがなくてちょうどいい。

私も男も恋人募集でもなくて、ただ「日常に少し彩りをつけたい『友達募集』だった。

何回かやり取りをしていて、男から『後腐れない関係を探している』と言われた時は少し安心した。

マッチングアプリでも、本当に結婚相手を探している人がいるから、利害が一致しない中で仲良くなっても、私は結婚が目的じゃないから後から恨まれても困る。

今はただただ快楽を得たい。
1人で達する快楽ではなくて、自分を女として欲情してくれる男に触れられて初めて満足する。

恋愛感情がなくても、ある程度容姿が良かったら男はみんな欲情してくれる。

目の前の男とレストランで軽い軽食を済ませた後に、『そろそろ出てどこか行こうか』と私に聞いてくれた。

その『どこか』に関しては言葉にされなくても理解できた。

私は自分のスマホを差し出して、
「ここがいいです」と画面を見せた。

レストランから車で20分ほどある煉瓦調のホテル。

近くもなく遠くもなくちょうどいい距離にあったから適当に選んだ。

「あっ」と、道中で思い出したけどそのホテルに行くと、その時に会った男とは必ず最後のホテルになる。

何回か会っていても、恋人として会っていても、そのホテルに行くと次に会うことが無くなる。

恋人なら別れ、そうじゃなければ私がその男に飽きて何も言わずに連絡先を消す。相手から連絡が来ていて未読であっても。

何かの信号かもしれない。
でも、そんなことは決して言わない。

今日の男は初めてだけど、ここに来るってことは今日が最初で最後だろう。

『行こうか』と車を降りて、
腰に手を当てられて、自動ドアを潜り抜けフロントに向かう。

今から私はこの男と「最初で最後の夜」を過ごすのだ。


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