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短編小説『思い出のハンバーグと出発のクレープ』③(完)
広がった香りにまた少しだけ空腹になる。
私のお腹はデザートは別腹らしい。
『お待たせいたしました。』と、木製のクレープスタンドにクリームブリュレクレープが刺さっていた。
目の前に置かれてまじまじと見る。
キャラメリゼされた表面から甘い香りがした。
店員さんにお礼を伝えて、記念に写真を撮る。
どう撮ればいいか探りながら満足いく1枚を残す。
クレープをそっと手で持って、表面を備え付けのスプーンで軽く突く。
コンコンとノックしているような音だった。
少し強めに表面を突いて、キャラメリゼを破る。
中からカスタードクリームが溢れてきた。
カスタードクリームとキャラメリゼの破片を掬い口に運ぶ。
キャラメリゼはほろ苦くて、その苦さをカスタードクリームの甘さが調和させていた。
さらにその奥には生クリームが入っている。
カスタードクリームと生クリームをスプーンで掬って食べようとしたとき、
この組み合わせは甘さの挑発にも思えたけど、生クリームは砂糖が控えめでさっぱりとしていた。
市販の苺のショートケーキを食べると、
スポンジケーキと生クリームの甘さのダブルパンチで、途中でギブアップすることもあったけど、
目の前のクレープは甘さが濃すぎず、味の変化が楽しい。
生地にかぶりつくとモチモチとした食感もまた楽しめる。生地も生クリームと同じように甘すぎず控えめだった。
半分くらい食べたところで中を覗くと、一番下に赤色のベリーソースが隠れていた。
最後は一口で食べ切れるように。一気に食べたい衝動を抑える。
じっくりと口の中でクレープを味わいたかった。
きっと、彼とも味の変化を楽しんだのだろう。
やっと最後の一口に到達して、あーんと口を開けた時、入口から他のお客さんが入ってきた。
早く食べきって席を譲ろう。
最後を食べようとした瞬間にさっき入ってきたお客さんの姿が目に入る。
男性一人で来ているのも珍しいけど、それ以前に目の前の男は今日ここにきてずっと考えていた『元恋人』だった。
「あっ」と声が出そうになったけど何とか抑えた。
『元恋人』の隣には、淑やかで上品な女性が隣に寄り添っていたからだ。
元恋人は私に気がついているのかいないのか分からないけれど、隣の女性の手を持ち、転ばないように支えていた。
よくよく見ると、女性のお腹が普通より重量感があってふっくらしていた。
元恋人はもう時期『父親』になるらしい。
2人寄り添って店内に入ってくる姿は、仲睦まじいとかおしどり夫婦とかの言葉では表現出来ないくらい穏やかな空気が漂っていた。
私は片付けをして席を立つ。
「席、もう空くのでどうぞ」と女性に話しかけた。
『あ、ありがとうございます』と、幸せが満ちた笑顔で返してくれた。
初対面なのに、もう会うはずもないのに、『癒されるな、可愛いな』と同性ながらに惚れそうになる。
席を譲った時、私の声に反応したのか、元恋人が一瞬こっちを見た。
向こうも『あっ』という声が出そうになるのを堪えてるのが分かるくらいに、口が『あっ』の形だった。
その様子がおかしくて少し笑ってしまった。
女性が座ったのを横目で見て、私は店を出た。
外に出るとふわふわとした風が吹いていた。
新たな風が私を包んでくれた。
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