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短編小説『水無月』②
半年間の汚れを落とす…か。
そんな由来がある和菓子とは見た目からして到底思えない。
考えが頭の中でぐるぐる巡る中で店員さんはさらに続けた。
『この形も意味がありまして、三角形なのは氷を表しています』
「氷…ですか?」
『そうです。氷は平安時代ではとっても貴重なものでした。その時代だと一般市民に氷なんて手に届くはずがありません。ですので、ういろうを氷に似せて作ったのです。』
氷なんて今や水を入れて冷凍庫に一晩寝かせておけば出来てしまうのに。
昔の方が今よりも遥かに涼しくて空気も綺麗で、冬なんて水を放っておけば氷が出来そうなのに。
『あとは、上に乗せてる小豆は悪魔を祓う意味があります。節分でも豆をまくでしょう?豆は鬼が大嫌いな食材です。昔の人は健康を願い、悪いものを祓うという願いを込めて水無月を召し上がったそうです。水無月で夏を乗り越えたんでしょうね。』
「じゃあ、水無月を2つお願いします。」
私は即決で水無月を購入した。
『ありがとうございます。お客様も水無月を召し上がって夏を乗り越えてくださいね。今年も酷暑だと予想されていましたので』
小さい箱の中に三角形の水無月が2つ並んでいた。母は喜ぶだろうか。
お会計を済まして、百貨店を出た。
「ただいま」と家に着いて口を開くも返事が聞こえない。
今更ながら母とは普段から話すことがなかったから、「おかえりなさい」なんて返ってくるはずがない。
リビングに行くと、母はダイニングチェアに腰掛けて今話題の韓国ドラマをみていた。
「はい、お土産」と話すのと同時にこっちに振り向いた。
『珍しいね。何を買ってきたの』
今日初めて母の声を聞いた気がする。
「水無月。知ってる?」
『分からない』と言いたげな母はテーブルに置いた水無月の箱を慎重に開けた。
『餡子のケーキかい?それにしても餡子がぎっしりだねぇ』
「餡子じゃなくて小豆。小皿持ってくるから」と私はキッチンに向かう。
2人でテーブルを囲んで何かを食べるなんて何年ぶりだろうと思いながら、お皿とフォークを手に取る。
リビングに戻ってお皿を並べて、そっと水無月を置いた。
和菓子なので冷蔵庫にあった麦茶も持ってきた。
母と私の目の前に水無月が艶々と輝いている。
「いただきます」と2人で手を合わせて、各々お皿を持ち上げる。
『水無月って6月を意味してるけど、この時期にしか食べられないの?』
さすが鋭いなとさっき店員さんから聞いた話を掻い摘んで伝えた。
それを聞いた母は『へえ』と相槌を打ったり、話を聞きながら水無月を眺めていた。
私は水無月の三角形の先端部分にフォークを入れた。
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