短編小説『水無月』①
今日が実家で過ごす最終日。
母との二人暮らしも最後を迎える。
父親のいない、しかも誰が父親かも分からない。
母は10代の頃から色んな男と遊んで、もちろん体の関係を持っていた。
しかも知らないうちに私を身篭ったと。
きっと父親だろうと思う男に母は迫り、無理矢理籍を入れさせたけど色々と合わず一年も経たずに離婚。
それでも母は懲りることがなく、夜遅くに男を呼んで酒を飲んで笑ったり、時には男に向かって泣き喚いていた。
高校生の時に頻繁に家に転がり込んできていた男から学費を払ってもらったこともある。
確かその男には妻子がいたはずだ。
二つの家庭を支えられるほどの経済力を持っていた男とどうやって知り合ったのか未だに謎だけど。
定期テストの勉強中に隣の部屋にいた母と男の汚くていやらしいやり取りを聞いてしまった時は吐き気がした。
それがきっかけではないけど、あの夜ずっとちりちりとしていたものが爆発して、だらしない母を心から嫌悪した。
だから私はこの家を早く出たくて、高校を卒業してすぐ就職し運良く環境がいいところにずっと勤めている。
家には貯金なんてないから、仕事をしながら生活費を払い細々と貯金をした。
母も働いていて家賃は母の口座から引き落とされるけど、すぐに美容やら服やらで給料が消えていく。
いつまでも女であり続ける母は、きっと母親としての自覚がないのかもしれない。
そんな母からやっと卒業できる。
目標金額に達成して、引っ越しもできる。
最初に打ち明けた時は激昂された。
生活費はどうするのとか、あんたも私みたいにだらしない人生を送ることになる、とか。うんざりだった。
条件として、今より少ない金額だけど仕送りはすることを約束した。
引っ越しに伴って今週1週間は有給をもらっているけど、仕事から帰ってきて少しずつ片付けをしていたから今日はかなり時間を弄ぶことになる。
家で母と顔合わせるのも億劫なので、近くの百貨店に足を運ぶ。
平日の百貨店は人が少なくて色んなものがじっくりと買い物ができる。
ふと目に入った生菓子があった。
ガラスの中には三角形で小豆が乗っている和菓子が佇んでいた。
近くで見ようと顔を寄せると、ツヤツヤとした小豆が白いお餅のような上に乗っている。
『水無月は6月限定の生菓子でございます。』
じーっと見ているとお店の人の声が聞こえた。
「水無月…?限定?」
私が聞き返すと店員さんは話を続けてくれた。
『本来なら6月30日に、無病息災を祈願して召し上がるんです。』
無病息災…。この小豆にたくさんの栄養素があるのだろうかと馬鹿な考えが浮かぶ。
いや、似たような料理があったようなと考えると、すぐに思い出せた。
「あ!それって土用の丑の日みたいな感じですか?」
贅沢すぎてうちでは買ってもらったことがないけど、他の家庭では鰻を食べると聞いたことがある。
『そうですね。詳しく話せば夏越しの祓(はらえ)という行事の一環で食べられるようになりました。夏越しの祓は1年の半年間の汚れを、ちょうど折り返しにあたる6月30日に行う行事なんです。』
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