短編小説『人魚姫』
『来世は俺と結婚してください』
真っ白いシーツと触れるとひんやりする布団に挟まれた貴方は私の耳元でそう呟いた。
「来世かぁ、待ってるね」
今世は結婚できないのがふと引っかかったけど。
理由知ってるからあえて言わない。
会う度にずるいなぁと思う。
他の言葉ではうまく言えない。
ただ単にずるいなぁ。
貴方に家庭があるのを知ったのはつい最近。
何でこのタイミングなんだろうなぁとぼんやり思ったけど、責めたりもしなかった。
きっかけなんて簡単。
メッセージの通知で『今日の晩ご飯はどうする?』って画面に映し出されていた。
隠す気があるのかないのか分からない。
薬指に指輪がなくて気が付かなかったし、もう気持ちも心も貴方にかき乱されていたから、元に戻る道を失った。
責めてしまったら貴方は消えてしまうでしょう?
泡になって溶けていく貴方。
まるで人魚姫みたいね。
あれ?人魚姫だと女だから、男のバージョンだと人魚王子になる?
そんな馬鹿げた思いを浮かべながら、
「来世はよろしくお願いします」と、貴方に呟いた。
『ほんと可愛いな』と私の体を抱き寄せる。
首筋に顔を埋めると、元々の貴方の匂いと汗と煙草の匂いが混じった香りがする。
きっとこの匂いも奥さんが洗濯した柔軟剤の匂いも混ざっているんだろうなぁ。
真実を知ってしまってから、ふとした時に奥さんの顔が過ぎる。見たことがないけど。
どんな人なんだろう。
嫉妬とか不安とかじゃなくて、ただ堂々と隣にいられるのが羨ましい。
私と会う時なんてラブホテルしかないのに。
その時点で気がついたら、私は今違う人と幸せになれていたかもしれないのに。
『大好きだよ。愛してる』
頭の上から貴方の声が響く。
『私もだよ』と貴方の胸に向かって伝える。
昔のメロドラマのシーンみたいだなと、ちょっとおかしくなる。
もう貴方の奥底に沈んでしまいたい。
そして、泡になって貴方の細胞と一緒に溶けてしまいたい。
この体を無くしてもいいから、
貴方と一緒になりたい。
たとえ「結婚」という形じゃなくても。
そう思っていて、ふと、今更ながらに気がついた。
なぁんだ、私が『人魚姫』だったのか。
もう、私は戻れない。
何も言わずに強く2人で抱き合う。
また、貴方は私の上に覆い被さって口を乱暴に塞いでくる。
今夜も、私は貴方の人魚姫になった。
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