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【エッセイ】不条理への免疫

最近、ゲーム実況にハマっています。まさか自分がゲーム実況にハマるとは思ってもみませんでした。
もともとゲームは苦手、というか下手です。映像のキャラクターと自分の手元が、脳内で上手くリンクしません。自分があの中に入って戦ったほうが手っ取り早いな、とすら思います。
それに加えて、僕が子供の頃は「ゲーム脳」という死語が流行り出した時期で、ゲームに対してマイナスなイメージを持つ大人も少なくありませんでした。僕の親も例外ではなく、買ってこそくれましたが、のめり込むことには否定的なスタンスだった記憶があります。

さて、僕の観ているゲーム実況者は、人格者の方ばかりです。
特にマリカの実況者であるボスナさんは凄いです。「かわいそうだから」という理由で赤甲羅を投げなかったりします。攻撃を食らっても「ッハハハハ」と軽快に笑い飛ばし、最後にはしっかり勝つ。そこに驕りのようなものは一切感じられません。
また、CALL OF DUTYなどFPSを実況するハセシンさん。霜降り明星の粗品さんとコラボした際には、バトルロワイアル中に粗品さんのご飯休憩やトイレチャンスの時間を作ってあげるなど、ホスピタリティの精神に溢れています。この方も、強さゆえの驕りは一切感じられません。

僕が教わった「ゲーム脳」の正体は、いったい何だったのでしょうか。
結局、ちゃんとしてる人はゲームに関わらずちゃんとしてる、ということなんでしょうね。そして逆も然り。ダメな人はゲームに関わらずダメ。
たぶん僕は後者だと思います。
ただ、ゲームをやる意義の一つとして、「不条理への免疫を付ける」というものがあると思います。

最近、考えていることがあります。
世の中の犯罪のほとんどは、不条理への免疫の無さが招くのではないか、と。
自分より良い思いをしている人間を見ると、羨望と嫉妬が湧いてくる。これは自然なことです。「ズルい」という感情です。
これがエスカレートしていくと、「どうして自分だけこんな目に」といったような被害妄想、ひいては誇大妄想へ発展し、報復心から犯罪を引き起こす。
こういう人たちは決して、生まれた時から異常分子だったわけではなく、報復心を理性で何度も押さえ込もうとしてみたものの、結局は凌駕されてしまった。すなわち、不条理への免疫が獲得できていなかったということです。

ゲームは、人生と違って何度でもコンティニューできます。敵からの不条理な攻撃によってゲームオーバーになったとしても、そこから傾向と対策を練って、次へ挑む。それを繰り返すことによって、自然と不条理との付き合い方が分かってくる。
これは、生きるうえでかなり重要なスキルだと思います。
もちろん、ゲーム以外でもこのスキルを会得することは可能です。習い事かもしれないし、部活動かもしれない。しかし、リアルタイムでこの仕組みに気付くことはかなり難しいと思います。もしこれを読んでいる学生の方、ひいては不条理への免疫が獲得できてないと感じる方は、前述のようなことを念頭に置いて取り組むと、後の人生で大いに役立ってくると思います。
僕も、不条理と上手く付き合っていけるように頑張ります。

(完)

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