施設の人びと

12月2日 安定剤を中止する。

父親は、今日もほとんどの時間を眠って過ごしていた。

ミオクローヌスの動きもだんだん小さく、少なくなってきたので、夜間の安定剤は必要なくなった。夜中に起きてしまうことも無くなり、ぐっすりと眠れているようだった。逆に言えば、夜中にあれだけ寝たのに、昼間も夕方もほとんど眠っていた。

父親が出す声もだいぶ小さくなった。以前は部屋の戸を閉めていても、声を出せば遠くから看護師が駆けつけるほどだった。このことも、私を一層悲しい気持ちにさせた。父親は今は、犬があくびをした時のような細い声しか出さなくなった。


12月3日 施設で働く職員たちと話をする。

介護施設で働く人は、様々な理由があってこの仕事を選んでいる。もちろん元から志して介護の仕事に就いた人もいるが、自分の家族を介護した経験から転職した人も多いという。

仲のいい看護師がいる。お子さんが私たち姉妹と同年代で、よく私のことを気にかけてくれる優しい人だ。昔、旦那さんが交通事故に遭い、臓器をいくつか切除するほどの大手術を受けたという。

また、別の看護師は19歳の時にお父さんを亡くし、家計を支えるためにダンプ運転手をして働いていた。お父さんの入院先にいた看護師たちに憧れて、自分も勉強し、看護師になったという。

父親が倒れなければ決して出会わなかったであろう人たちと、たくさん出会い、話をするようになった。施設に泊まっている時は、彼らと話すことによって、私の気も紛れている。

昨日からあまり反応のない父親だったが、孫のあこちゃんの動画を見た時だけ笑った気がした。父親がまだ元気だったときの話だが、あこちゃんが産まれたときや、ラインで写真を送ったときなど、嬉しそうな反応をあまりしていなかった。かえって、妹の発言に突っかかったり、背中を押すべき場面でそれができなかったりして、私は正直「孫が生まれたのにこんなに喜ばない人がいるのか」と思ったほどだった。

プライドが高い父親は、赤ちゃんを全力であやしたり、母になった妹に優しい言葉をかけたりすることができなかったのだと思う。病気になってからは一変して、高い声であこちゃんをあやしたり、こんな状態になっても孫の顔を見たら笑ったりする。前からこうして、変なプライドやしがらみに囚われず、自分の気持ちを素直に表していれば、色々なことの結果が変わっていたかもしれないのに、と思った。本当は、こうやって周りを気にせず、思い切り赤ちゃんをあやしたかったのだろう。まだ5ヶ月のあこちゃんだけが、父親の素の姿を引き出すことができた。

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