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家族のエゴで生きてもらうこと

12月6日 激しい手足の動きが戻ってくる。

父親は最近、以前のように何かの拍子で手足が大きく動くというよりは、突発的に呼吸筋がけいれんを起こすことの方が多くなっていた。しかし今日は、何度か手足も大きく動かし、ベッドから落ちそうになることもあった。こんなに大きい全身の動きは、もう一週間近く見ていなかった。これを見た祖父母はショックを受けたようだが、私は嬉しかった。まだこんなに動けるんなら、もうしばらくは大丈夫かな、と。

点滴も調子が良く、順調に一日1500ccを投与できている。ルートを引っ張ったり力こぶができるほど手に力を入れることもなくなったからだ。一方で、水分がしっかり入ると、痰や胃液、胆汁も多く分泌される。呼吸筋がミオクローヌスを起こしたときには、これらの体液が吐き出される。吐き気を催している間じゅうずっと吸引器で吸い出すと、500ccに達することもあった。

叔母の知り合いがこの病気の臨床試験について調べ、英語のレポートを送ってきた。カリフォルニア大学とロンドンのプリオン研究所で、キナクリンとプラシーボを投与する臨床試験を行った時の詳細が書いてあった。キナクリンは対異常プリオンに効果が見込まれている成分で、経口や経鼻経管で摂取できる。この時点で、経口摂取困難かつ、家族が経鼻経管栄養を拒否している父親には、投与は不可能だ。そして、「臨床試験の段階である」ということも念頭に置かなければならない。

2ヶ月間投与した結果、簡単な単語の母音を正しく発することができた、数個の単語を言えるようになった、MMSEやADAS-cogなどの認知症テストの総合点が上がったなど、ある種「一時的に成功した」と言えるケースも見られた。しかしこれはあくまで一時的なものであり、さらに2〜8ヶ月後にはキナクリンを継続投与したにも関わらず、以前と同じようにヤコブ病が進行した。そして、投与中に誤嚥を起こし死亡したケースもあれば、副作用として全ての被験者に皮膚の黄染、多くの被験者には激しい下痢の症状が見られたという。

このレポートを読んで、再度、現段階ではプリオン病の治療薬はないという事実を実感した。この段階で経鼻経管を設置して、寝たきりの父親が簡単な単語を母音レベルで喋れるようになったとして、誰が喜ぶだろうか。叔母は真剣に悩んでいたようだが、それこそ自己満足にしかならないと、私は思う。家族のエゴで患者本人が苦しむ時間を延ばしてはならない。私は、現状の点滴でさえ、自分のエゴで父親を苦しめているのではないかと、自分を責め続けている。

これを読んでくれている人で、守るべき家族がいる人は、ぜひ「自分の時はどうして欲しいか」を考え始めて欲しいと思う。自分自身や家族、そして大切な人が、誰も苦しまなくて良いように。

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