戦略家

戦略という言葉を、乱発しないように。

戦略という言葉は好きではありません。なぜならビジネスの世界では、その定義を知りもしない方々が乱用しまくっているからです。ビジネスリーダーが部下に尋ねます。「君の戦略は何だね」と。そして部下も、もっともらしいことを言います。この類のやりとりが非常に滑稽です。理念とか、ビジョンとか、戦法とかがすべて同じレベルで話されがちです。「今のお客様を幸せにするために、いい商品を作り、競合品にせり勝つ、そのために頑張ります」などと、意味不明、意義なしのセリフで会議を終えてしまうことが常態化しています。そんな場面をあまりにも多く経験したものですから、その戦略なるものを、図鑑で参照しておこうと、本書を手に取りました。冒頭画像は本書からです。

孫氏の兵法

戦わずして勝つ:戦略論

戦略と言えば、その始祖である孫氏の兵法から始まります。本書も例外ではありません。彼は「戦わずして勝つ」という究極のメッセージで戦国の世に名を売った無類の兵法家です。戦いで各国(中国内の分裂した勢力)が疲弊し、不安を抱きながら生きた時代を背景に生まれた思想です。今日でもなお彼の、ビジネス戦国舞台に通用する手法の数々が伝承されています。他方で、本書には時代をくだって登場した数々の戦略論も紹介されています。直近で言えば、中国の企業『テンセント』。微信(Wechat)というアプリで躍進していますが、それは中国版LINEのような商品です。同社の戦略も紹介されています。まず、(他社サービスを)とことん真似る。そしてそれを少し越える。最後に、中国人ユーザーの意見を細かく拾う。こうして進化し続けるサービスとなったWechatは、決済機能(電子マネー)を有し、アカウント連携(オープン戦略)を行い、ブラウザの役割も果たすようになりました(ミニプログラム活用)。今日の中国人の間では、使用時間の最も長いアプリです。彼らの戦略をひと言で表現するなら、みずからに何でも取り込んでしまうポータル型(入口を押さえる)戦略です。

微信与QQ

戦略とは何でしょうか。複数の選択肢があるときに、それを考えて選ぶ、あるいは時間軸で組み合わせていく思考作業です。時間的に、金銭的に、能力的に、自分たちが取れる選択肢には限界があります。したがって、目の前の課題をクリアしながら、適宜、その方法を調整していく必要があります。この戦略の定義で見たとき、上記『テンセント』の、本書での紹介の仕方は浅すぎます。実は、このテンセント。ひとつ前の商品「QQ」でメッセンジャーアプリの天下を取っていました。ユーザー数は10億人を越えたとも言われ、オンラインゲームでもQQのアカウントをもとに稼ぎまくっていたのです。しかし、QQの主戦場はパソコン、時代の要請としてはモバイル。この二つの島をどうつなげるか、技術的ハードルは決して低くなかったそうです。そこでテンセントの経営層は腹をくくります。モバイル時代にふさわしいアプリの開発を目指し、社内にてQQの開発チームと競争させたのです。これぞまさに、社内の経営資源と社外の市場環境を連動させる戦略でした。使い勝手で勝った方が、本社の支援を得るという仕組みです。その結果、QQと並行するカタチで微信(Wechat)が生まれ、モバイルに最適化した仕様でその進化を加速させることができました。

強さの源を見出す:戦略眼

戦略図鑑ナポレオン

本書を見る限り、これに近い戦略を取ったのはナポレオンです。当時は近代戦ですから、通常であれば、銃器と兵数が戦争の勝敗を決めるはずでした。ところが彼は、兵の強さを最強モードにするために、自由と平等を掲げ、祖国防衛を唱えて、国民の士気を上げました。兵の士気とは近代戦においても有効だったのです。フランス革命の勢いをうまく借りた彼は、やる気のない他国の傭兵をスピードで圧倒。そして、国民皆兵制度を実現させ、兵数の増強にも成功しました。さらに、兵を常に動かすという戦術面では、自律的に動く軍団制を取り入れつつ、彼の指揮官としての能力が見事に発揮されました。こうした彼の特徴は、中国テンセントにかなり類似していると思います。社風もそう、社内競争もあり、「真似てもいいからどんどん消費者ファーストの機能を実現させよう」という点は、まさにナポレオンの統率したフランスを彷彿させます。そんな目で見ていると、テンセントがなぜ海外に消極的なのかも読み解けます。ナポレオンはかつて祖国から遠いロシアを目指して失敗しました。その轍を踏みたくないからでしょう。

本書には千年単位での人類の歴史の中で登場した数多の戦略事例が挙げられています。いずれも表層的な紹介ですが、逆にそのおかげもあって、戦略の共通した意義を見出すことができます。それは、そもそも戦いとは何だという問いです。その答えを考えるために、もうひとつだけ他の戦略に触れておきましょう。

勝機を見出す:戦略地図

一世を風靡した「ブルーオーシャン」戦略です。その内容は、いつまで「レッドオーシャン」で戦っているのかとたしなめるものでした。どれだけ戦略バネを利かせて競争しようとも、過当競争に勝者はない。そんなロジックが導き出した結論は、新しい市場を発見する、でした。逆に言えば、市場とはいくらでも細分化できるというロジックです。レッドオーシャンの中にいる顧客は必ずしも、企業間競争の利を得ているわけではありません。お金を出すのでもっとこうして欲しいとか、機能を減らしてもっと安くしてほしいとか多岐に渡るものなのですね。同戦略の代表的な事例は、10分理容を実現させた「QBハウス」でした。理容とは本来、理髪と美容とを含みますが、理髪だけを簡単に済ませるというニーズもあったはずです。美容を捨てて、シンプルな理髪を追及する。それを推奨したのがこの戦略です。ただ「QBハウス」が永続的なビジネスとして成長を続けているのは、理髪を手抜きとしなかったことです。専用設備を設け、理髪師の育成に注力し、ユニバーサルサービスとしての品質維持に務めました。これが功を奏し、直近の値上げ(消費税増税にともなう1200円への価格改定)にもまったく動じない強さを見せつけました。ではなぜ、既存の企業がこの発想に至らないのか。理由は簡単です。目の前の顧客を手放すことが怖いからです。何かを得るためには何かを捨てる。この戦略の根本的な部分がなければ、いかなる戦略理論を読んでもムダに終わることでしょう。限られた経営資源や時間投資をどこに振り向けるか、それこそが戦略論の最大のテーマなのです。

ブルーオーシャン

戦いとは相手を打ち負かすことではありますが、それが目的であってはいけません。誰を守るか、そこが一番重要です。ユーザーでもよし、従業員でもよし、みずからの文化遺産でもいいと思います。そのために、最適な損得勘定を組み合わせることが、戦略を語ることであってほしいと思います。何をやらないで(何をなすのか。そして)、誰を守りたいのか。そのために、どのような覚悟をもって、何を変えるのか。そこに際立った言葉を並べず、あやふやな美辞麗句でごまかかしているなら、結局、それは惰性でしかないのです。

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