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ある企業の「やさしき革命」の行方

TENGAが「典雅」であることを知っている方はどれくらいいるだろう。この漢字は造語ではない。上品さを示す一般単語だ。この単語をブランドに冠した商品が、実は抜群の知名度を誇るオナカップだ。しかし、この、有名であるのに、知られていない企業。本稿はこの謎に挑む。

言葉の力は恐ろしい。たとえば、オナニーという単語。これはセルフプレジャーと言い換えるだけで(たとえ、何のことか分からなくても)卑猥さが消える。言葉がともなっている固定観念とは恐ろしい。何よりも、それを「偏見」だと気づかず、間違った認識を持ってしまうのが自分だ。


社会のタブーはたくさんある

一体、何の話かと言えば、それは、典雅社の、挑戦物語である。同社は、性にともなう正しい態度について熱心に訴えている。社名を「典雅」としたのも、性の快楽グッズを、下品なモノではなく、上品な嗜好品にしたいと考えてのことだ。いつしかそれが、会社の経営姿勢になっていく。

たとえば、最近流行りの「LGBT」。少数派が何やら騒いでいると思っていないだろうか。彼らは確かに、日本古来からの社会通念や制度を批判している。しかし、そこにはジェンダーの問題がある。同性婚の問題も含まれる。そこで真剣に悩んでいる人たちがいても、大多数の人はそれを冷ややかに見ているだけ。男が男を、女が女を、どうやって愛するんだなどと興味本位の野次馬もいる。

本書が紹介している会社のメンバーは、この問題の解決に取り組む人々をも支持している。本気の使命感だ。アダルトグッズのメーカー・TENGAの本気だ。

TENGAが収益の一部をセクシュアル・マイノリティ関連活動のサポートとして寄付


大切なことを公に語らず、それらを「はしたない」「いかがわしい」「みっともない」と片付けてタブー視してしまった。それが従来までの日本人だ。しかし性に関しては、その態度が、巨大な地下経済圏を膨らませてしまった。本能に関わる行為だから、排除しても排除できるものではない。性の話題を「裏通り」に押し込んで、その膿みを悪化させてしまう。そんな日本の現実を負の遺産として次世代に持ち越したくない。これが、典雅社、つまりTENGAの使命だという。


この会社は、エロいグッズを作っているのではない。性を表通りに出し、悩みを堂々と語り、そしてその楽しみを誰もが享受できるようにしたいと願っている。その使命感にひかれて、同社には、高学歴・ハイクラスの人材が集まってきている。意識の高い女性も多い。ここには本気しかない。

この流れを率先・実践してきたのが、TENGAの創業者・松本光一だ。モノづくりが好きで、車の整備士になった。その後、貧乏をしながら、持ち前の前向きさをもって夢中で働いた。そしてチャンスを見出したのは、アダルトグッズ商品だった。みずからが試して作り直す。その繰り返しだった。


アダルトグッズからヘルスケアへ

潜在的には、すべての男性が使っていてもおかしくない。ところが実際のグッズ使用者は全体の1%という。それもそのはず。当時、売場のグッズは、どこで誰が作ったのか曖昧で、説明がなく、問い合わせ先もない。だから、品質や責任感、ブランドらしさなどまったく不明。

松本氏は決心した。普通の商品として、責任者をはっきりさせ、一般の流通に流す。それが目標だった。2005年7月7日、七夕。ついに、今日にもつながるTENGAのオナカップが売り出される。

商品の特徴は、卑猥さがないこと。たとえ性欲により添う道具であっても、下品さを強調する必要はない。素材を厳選し、他よりも圧倒的に品質の優れた商品にした。売り方も、普通のマッサージアイテムのように、「表通り」で販売できる。そのコンセプトに沿ってデザインが決まった。

その商品が、初年度で大当たりした。100万個売れたのだ。着想から発売まで三年半。自主制作に費やした資金も底をついていたタイミングでの販売開始。本稿では深入りしないが、先の見えない孤独な努力の期間は、想像に絶するものがある。その販売成功から16年かけて、世界中に累計一億個を販売。当時、誰がこんな未来を想像できただろうか。


さて、100万個達成の翌年、グッドデザイン賞に応募。見事、一次審査を通過し、東京ビッグサイトでの展示という段になった。しかし、突如会場での撤去命令が出る。撤去には応じなかったものの、警備員に脇を固められ、来場者はブースに入ることができなかった。会社にとっては屈辱だった。それから数年の後、世界的に有名なレッドドット賞を、男女両方の商品で受賞。屈辱から一点、同社は世界的な栄誉を手にした。

これは明らかに、社会の側が変わってきたことを意味する。心身の健康を図るために、同社は、ヘルスケアへの重要な一歩を記した。


技術的な裏付けは自動車からもたらされた

ちなみに、TENGAを「典雅」足らしめている素材、それは十分にやわらかでプルプルした素材「デュプリコーン」だった。歯科技工士が使う型取り剤である。この軟質素材の周りをウレタンで覆い、曲線状の外形をつけることで締め付け力を変えた。女性用ストッキングが、部位によって締め付ける度合いを変えているのと同じ原理だ。さらに、空気が先端から抜けるようにするために、車のキャブレター(燃料と空気の混合装置)のベンチュリからヒントを得た。

その他、技術的な話は商品ごとに尽きない。ソフトやハード、サイズの違いなども車のように様々なチューンを施した。松本氏が自動車業界出身であり、中古車の観点から車を見ていたことがプラスに働いた。

人の肌に触れる商品とはまさに多様性の追求でもある。そこに加えて、リユースという課題も登場する。使用・洗浄・乾燥・収納を一個の商品として行い、かつ品質が劣化しにくい工夫が必要になる。その結果、「50回の使用」にも耐える商品を完成させた。

着々とアイテム数を増やしながら、各製品に際立った個性をもたせる。それがTENGAのこだわりだった。責任の所在を明確にしながら、堂々と販売やアフターをやりきるためには、商品そのものが優秀でなければならない。

ある中年女性からの問い合わせは微笑ましかった。単身赴任の夫を慮って、TENGAを送ってあげたいという。夫婦愛のひとつのあり方だろう。


性の欲求はもちろん、女性にもある

TENGAの快進撃は続く。彼らが次に着目したのは女性用グッズ。商品が完成したのは2013年だった。日本風の置物、インテリアとしても違和感のないデザインだった。名称は「iroha」。和歌のやわらかい響きを添えた。

そもそも女性用のグッズは、これまで男性目線でしか作られてこなかった。いやらしい女性のために、グロテスクな形の商品が作られ、あたかも男性が女性に使わせるような仕様だった。しかし、それを一般品にするためには、女性に自発的に買ってもらわなくてはならない。そのためには、自慰行為に後ろめたさを感じさせない商品が必要だった。当然、開発の中心には女性が加わった。

大丸梅田店5Fに「iroha STORE」


こうした会社の成長、商品の登場を支えたのは、流通開拓を行う営業部隊だった。オンラインで売れたから、オフラインでも置いてくれ。そんな簡単なものではない。アダルトグッズと聞いただけで、ドラッグストアのような既存の店舗はためらった。

ここでも固定観念を乗り越えるために、新しい言葉を用いた。「セクシャル・ウェルネス」。健康を意味する言葉だ。商品棚の位置を一番上にして、子供が手に取れないような配慮をした。また、射精障害という現実にある障害への対策商品としても推した。

ドラッグストアで徐々に広がりを見せる一方、流通施策の極めつけはデパートだった。これには、デパート内部の方々の力強い支えがあったことも見逃せない。特に、女性用(iroha)での出店が重要だった。その第一号店は、大丸だった。関係者の努力が実り、開店二週間の来訪者は1500人、売上は390万円にのぼった。いずれも、関係者が納得のいく数字だった。


普遍的な社会課題としての「性教育」

さらに、TENGAの次の手。それは、医療系の会社を立ち上げることだった。男性の精子の減少が深刻な話題になっている。そこに刺さる商品を開発し、大学の医師との共同研究に踏み出した。無精子症、勃起障害、早漏など、体の不調は当然、性の領域にもたくさんある。僕らはその正しい知識をほとんど学んでこなかった。

公の場での学びがなくなると、アダルトビデオがおのずと教材になる。しかしそこには間違った知識があふれ、時として女性への支配欲を表現した作品も見られる。隠せば隠すほど、物事は歪められるものだ。


赤川学。有名な社会学教授だ。鎌倉時代の『宇治拾遺物語』に出てくる「かはつるみ」。これはマスターベーションのこと。女性と交わらないとの誓いを立てた僧が、「かはつるみ」もダメかと尋ねた、とある。近代になると、マスターベーション有害論が台頭し、子作りに励めとなる。しかし戦後、公娼制度がGHQによって廃止されると、ようやく見直しがなされた。ごく自然のヘルスケア行為となったのだ。性について、勝手な思い込みがなされ、右往左往してきた人々の戸惑いがその歴史には刻まれている。


高齢者、身障者、LGBT等のためでもあることは「正義」

性の話題は健常者だけではない。身体障害者の需要も大きい。手に障害があれば、TENGAは使えない。ゆえにベルトでグッズを固定する方法が考案された。このテーマは映画にもなり(『パーフェクト・レボリューション』)、TENGAはスポンサーになった。


ヘルスケアについて興味深いのは、TENGAが動く前から、そこには性のテーマで奮闘している方々がすでにいらっしゃったこと。彼らはTENGAを歓迎した。LGBTの活動も同じ。TENGAが早くから協賛し、双方が尊重し合っている。両者に共通しているのは、タブーの可視化である。そこにあるものを、見て見ぬフリし、困っている人がいても(それが少数派であれば)無視してしまう。そんな社会の態度に、いい加減、ノーを突きつけよう。


今日、性についてはずいぶん開放的・寛容的になったものだ。AV女優がセクシー女優と呼ばれ、地上波に登場するようになった。女性の社会的地位が上がり、男性目線ではない性のあり方を口にし始めた。TENGAの応援者には、いわゆる公人や芸能人も少なくない。


性という根源的欲求を豊かにするのは「正義」だ。自分たちがそれをモノとして提供する。それが彼らの経営使命である。性における個人の自由を尊重し、社会の固定観念にひきずられて自分を押し殺したりせずにすむ社会を目指す。そこには、障害も年齢も関係ない。「性」と、明るく公に向き合って、みずからの体についても堂々と話せるようになる。そんな過激なことをやさしく訴えている、それがTENGAなのだ。

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