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ウイルスを学ぶ、感染症には備える

ニュートンシリーズは昔から大好きでした。2015年に出版された本書ですが、今日でも役立つ内容です。本書のタイトルには好感を得ています。ウイルスと、人類に悲劇をもたらす感染症とを分けて書いているからです。現在発見されているウイルスは5000種以上。人や家畜、カイコやハチ、一部の栽培生物など、人間に身近な生物から見つかっているだけでこれだけの数になります。ウイルスはほぼ間違いなく、すべての生物にいるはずです。
※冒頭画像は、数年前からパンデミックに警鐘を鳴らすビル・ゲイツ氏の講演風景です(TEDより)

ウイルスは「悪」か

そもそも人類がウイルスを見つけられたのは、感染症の原因(病原体)であったからです。期せずして、他の種からもたらされました。それだけに、僕らはついつい敵視してしまいがちですが、大半のウイルスは、そこら中にいて、僕たち自身、あるいは生物それぞれがもともと有している、つまり「共生」している存在です。たとえば、人間には害となるインフルエンザウイルスも、本来の宿主であるカモとは共生していて、カモには何ら悪さをしていないのだとか。

さて、以前にも書きましたが、ウイルスは生物の進化に深く関わっている可能性があります。ヒトのゲノムの中にはウイルスの残骸が多数(8%くらい)残っていて、それがヒトの進化に影響を与えていたらしいのです。

ウイルスは遺伝子(核酸)をもって細胞に侵入し、宿主細胞のエネルギーを勝手に用いて自分を複製します。非常に図々しいのですが、ヤツらはヤツラで、細胞に寄生しなければ自己複製できません。このことをもって、ウイルス単体では「非生物」だと判断されます。そんなウイルスは、感染した細胞の中で自分の遺伝子を爆発的に複製。そこで生まれた子ウイルスは細胞外へと出て行ってしまいます。あらたな遺伝子を植え付けて、大量に複製・拡大していく。まさに「遺伝子の運び屋」です。

今日の人類は、その性質を逆利用し、遺伝子治療に応用しています。既存のウイルスから適性のあるひとつを選び、弱毒化したり、遺伝子を組み替えたりした後、培養して、患者の細胞に入れる(=感染させる)。この人為的な応用の仕組みが、自然の摂理の中でも進化の原動力として行われていたのかもしれません。中外製薬のサイトに遺伝子治療の平易な説明がありました。

ウイルスは非常に小さく、細胞の、さらにひと回り小さい。光学顕微鏡では見れないため、電子顕微鏡を用います。生命科学DOKIDOKI研究室のサイトで、子供にでも分かるような説明をしてくれていますので、勉強になります。遺伝子は少なく、構造も簡単、単独ではタンパク質を合成することができない。そんなウイルスは果たしてどこから来たのでしょうか。生命進化の「常識」としては、簡単なものから複雑なものへという流れです。ウイルスが先で、細胞(生命)はその後なのでしょうか。しかし、ウイルスは細胞がなければ自己増殖できません。むしろ細胞ができた後に、遺伝子が外に出ようとしてウイルスになったと考えた方が自然です。そのウイルス(遺伝子情報)を他の生物が受け取り、みずからの進化に反映させた。たとえば、ヒトの胎盤の形成には、ウイルス由来の遺伝子が使われている、のだとか。生命の定義にはずれるウイルスですが、ウイルスの歴史から鑑みるに(僕個人の感想)「生命になりそこねた生命材料」という感じがします。

社会がウイルスに「対処する」とは

いずれにしても、喫緊の課題は、人類にとっての「悪玉」ウイルスにどう対処するか、です。人間の免疫機構を騙したり、暴走させたり、細胞をがん化させてしまう「悪玉」ウイルスを予防する具体的な方法が求められます。その筆頭がワクチン接種です。麻疹(はしか)、風疹(ふうしん)、おたふくかぜ、水痘(ぼうそう)はいずれもウイルス起因で、ワクチンが用意されています。実際にはもっとたくさんのワクチンがあり、NPOの「VPDを知って、子どもを守ろうの会」には、(子供のための)ワクチン一覧がまとめられているので引用しておきます。いわゆる「ウイルスとの戦い」とは、二つの柱、社会の感染症対策の機動性と、ワクチン開発の研究開発力で構成されています。国民や国家がどれだけウイルス対策を重視できるか、その仕組みと国民の意識が問われています。残念ながら日本は、島国である利点(水際対策がやりやすい点)こそ享受していますが、感染症体制・制度として必ずしも十分でなかったことを新型コロナ問題で露呈してしまいました。

なぜインフルエンザは恐ろしいのか

ここからはインフルエンザについて、書いておきましょう。新型コロナと比べても実はその数倍恐ろしいとされる感染症です。2009年には「新型インフル」が登場し、日本人を震撼させました。このウイルスの恐るべき点は二つあります。ひとつは渡り鳥を宿主とし、世界中にばらまかれやすいこと。もうひとつは、変異しやすく、ワクチン対策が困難を極めていること。もちろん、日本では、インフルエンザが毎年のように広まっていて、それでも僕らの社会は普通の生活を続けています。今回の新型コロナのような、「大げさ」な対策は採られていないわけです。それはなぜか。既存のインフルエンザにはすでに一定の対応策が整えられているからです。そして新型については、(100年前の「スペイン風邪」より後は)死者数が少なかったため、国民の恐怖感も薄れてしまったようです。

2009年の「H1N1」インフルエンザがメキシコで発見され、日本への上陸が確認された時に、日本政府や一部のメディアは大慌てになりました。幸い、成人や地域にそれほど広がることなく終息しました。厚生省も、特別扱いはしないとの判断を早々に行い、大掛かりな感染症把握を中止。それもあって、当時の日本の感染者数は分かっていません。季節性のインフルエンザの中に含めてしまったということです。

そのインフルエンザは高病原性(=強毒性)「H5N1」へと変異し、着実に、東南アジアやエジプトにまで広がっています。こちらが爆発すれば、2009年の比ではないと恐れられています。まずはニワトリが死に、そこからヒトへの感染がなされ、ついにはヒトからヒトへと感染する経路になるはずです。畜産業を創造した人類は、(自然界ではありえない)非常に狭い環境で生命を扱い、(アヒル、ニワトリ、ブタ、ウシなど)種を超えての集合を図る農家も少なくありません。そこではお互いに濃厚接触する機会が生まれ、ウイルスの相互感染が頻繁に行われています。そこには、市場取引などを通じて多くのヒトも加わり、(ヒトに感染する方向への)変異を誘発する情況となっています。新型コロナで非難を受けた中国のみならず、東南アジアやメキシコなどの発展途上国にはこのような情況が一般に存在しています。ここに何らかの対応をしておかなければ、後々の被害は想像を絶するものになるかもしれません。日本などの先進国は、(無責任なトランプ大統領のように)彼らを非難していればいいわけではなく、何らかの具体的な支援を行う必要があります。

上掲書では、ウイルス学の権威;河岡義裕教授へのインタビューが掲載されています。あの『情熱大陸』でも採り上げられた専門家です。同氏も指摘しますが、「一番危険な場所は、生きた家禽を売っているマーケット」「(これを)無くすというのが、インフルエンザのパンデミックを防ぐ一番の近道だと思います」だと。そして香港のクリーンデイを紹介しています。毎月一回、生きている鳥を全部殺して、一日マーケットを完全消毒するのだそうです。こうした知恵が世界各国で求められるのかもしれません。

最後に、感染症問題のまとめです。上掲書の目次をざっと示しますが、ウイルス学は、環境学と並んで、非常に重要な学問です。人類の存亡に非常に重要な影響を与えます。しかもそれは、生命の誕生や地球の原理について多くの知見をもたらしてくれるものです。学問的な意義も非常に高いと思われます。パンデミックをもたらす兆候は常に世界のどこかで生まれていて、散発的に高い致死率に苦しむ地域が報告されています。そのことは、感染症である以上、グローバル化の進む世界にとって「対岸の火事」ではありません。新型コロナの「大騒動」は(世界的には深刻な被害をもたらしましたが、日本では幸い軽微で済んでいますが)、あらためてそのことを僕たちに警鐘してくれたように思います。一人ひとりがそのことを知った上で、心の準備をしておく。その姿勢をもつだけでも、僕たちの日常は変わってくるはずです。感染症については、あのビル・ゲイツ氏が、パンデミックについての予言を講演しているので、ぜひ耳を傾けてみましょう。見事に、今日のことを示唆しています。

1 続出する新たな感染症
ウイルス研究の原点
ウイルスの構造
ウイルスの増殖
宿主細胞への侵入
大量にコピーされるウイルス
免疫システム
エボラウイルス
エイズウイルス
肝炎ウイルス
新興感染症
人類とウイルス

2 せまるパンデミック
エボラ出血熱
新型インフルエンザ
鳥インフルエンザ
コラム:強毒インフルエンザはなぜこわい?
インタビュー:加藤康幸(国立国際医療研究センター医長)
インタビュー:河岡義裕(東京大学医科学研究所教授)

3 懸念すべき感染症
SARS・MERS
エイズ
肝炎
ノロウイルス
口蹄疫
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コラム:最も身近な病気「風邪」の正体にせまる

4 感染症と免疫
免疫力
ワクチン
抗ウイルス薬
耐性菌
コラム:マスクはどれを選ぶと効果的?

5 ウイルスとの共存
ウイルス療法
ウイルスとiPS細胞
生命と非生命の間
コラム:史上最大級の巨大ウイルス2種を発見
インタビュー:山内一也(東京大学名誉教授)


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