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喜劇 ~藤井風「青春病」に捧げる物語~

KAZE FILMS

藤井風の未発表曲で、ショートフィルムを作るプロジェクト。

プロと一緒に映像づくりができる夢のような企画。
こんなの絶対楽しいやつじゃん。
学生だったら確実に応募してたなー。
もう学生じゃないけど。

どのぐらい応募集まってるんだろう。
学生さんはぜひ応募してみてほしいな。
やってみたら、意外と名作できちゃうかもよ?

学生じゃないから応募はできないけど、『青春病』をテーマにショートストーリーを書いてみた。

もしいつか映像化してくれるなら、松下洸平主演でやってほしい。

テーマは、大好きな「芸人」。

タイトル:喜劇
イメージソング:藤井風『青春病』

売れないお笑い芸人コンビ「ウィンディー」。
鳴かず飛ばずの日々で、お笑いライブの客入りも悪い。
劇場の支配人によると、ネタが「若者ウケしない」そうだ。
たしかに、見た目にもネタにも華やかさはない。
分かりやすい出オチもない。
一部のコアなお笑いファンから支持されていたものの、文学性の強いネタは一般ウケしなかった。

やがて、ウィンディーは解散した。
Aは芸人を辞め、Bは別のコンビと組んで芸人を続けることになった。

Aと解散したBは、瞬く間に売れっ子芸人になった。
売れなかった頃が嘘だったかのように、メディアから引っ張りだこになった。ライブも大盛況だった。

一方で、芸人を辞めたA。
バイト先と自宅を行き来するだけの無気力な日々を過ごしていた。

連日テレビで活躍するBを見て、Aはやるせなさで押し潰されそうだった。

Bとコンビを組んでいた時、ネタを書いていたのはAだった。
自分と解散し、別の相方と組んだBは売れた。
やはり自分が書いたネタが悪かったのか。

いや、そんなことはない。
たしかに若者ウケはしなかったかもしれないが、ネタを「面白い」と言ってくれたファンはいた。

でもそれも所詮、自己満足の独りよがりだったのかもしれない。
その証拠に、自分と解散したあいつは、別のコンビと組んで売れっ子になったじゃないか。

すべて無駄だったのか。
あいつも俺と組まなければもっと早く売れたのに。
全部、俺のせいだ。

そんなことばかりを考え、Aの心はどんどん荒んでいった。

無断欠勤が続いたバイトはクビになった。
酒に溺れ、自暴自棄になる日々。

部屋にはコンビニで買った食べかけの弁当やカップ麺が転がっている。
シンクに溜まった洗い物。散乱した洗濯物。
暗い部屋なら、すべてが同じだ。

もう全部どうでも良かった。

暗がりの中で、ふとスマホの通知が光った。
SNSの通知だった。
Bのお笑いライブのお知らせが見えた。

裏垢でフォローしている自分に苦笑する。
お笑いに未練タラタラだ。
本当に情けない。

笑顔で映るBの写真が、まるで自分を嘲笑っているように見えた。

わかってる。被害妄想だ。

それでも、考えてしまう。

もしあの時解散しなかったら。
もし諦めずに続けていたら。
俺も「そっち側」にいけたかも知れないのに。

そんなこと今さら考えても遅いのに。

次第にBに対して怒りの感情が芽生えてきた。

俺はこんなに落ちぶれたというのに、自分だけ幸せになりやがって。

そんなどす黒い感情が渦巻いた。

気づくと、Bが出演するライブ会場に向かっていた。

久々に見るBは、舞台の上で輝いていた。
自分とコンビを組んでいた頃よりも垢抜けて、生き生きとしているように見えた。
それが、やけに悔しかった。

会場は黄色い歓声と笑い声に溢れていた。
耳鳴りのようにガンガン鳴り響き、こびり付いて消えない。

暗い座席で立ち尽くす自分と、スポットライトを浴びて輝いているあいつ。
このまま暗闇に紛れて消えてしまいたい。

ふと、すべてを壊してやりたくなった。
今ここで暴れたら、あいつはどんな顔をするだろう。

自分だけ成功しやがって。
惨めで情けなくて、すべてを失った俺を見て一生後悔しろ。

そう思いながらも、体が動けなかった。

気づけば目の前でネタを披露しているBの相方に、過去の自分を重ねていた。
今見ているのは、俺が叶わなかった夢だ。
Bはそれを叶えた。
別の誰かと。

あいつとコンビを組んでいた頃。
あの頃は楽しかった。
狭くて汚いアパートで夜通しネタ合わせしたことも、
初めてライブでウケた時の嬉しさも、
居酒屋で「絶対売れようぜ」って朝まで飲み明かしたことも、
今でも全部覚えているのに。
それなのに・・・

こんな時に、なんで思い出すんだよ。

決心がつかない右手をそのままに、気づいたらライブは終わっていた。
手にはびっしょりと汗をかいていた。

客がぞろぞろと出口の方に移動し始める。

来るんじゃなかった。帰ろう。
そう思い、会場を出ようとした時・・・

「ウィンディーのAさんですよね?」

後ろの方から声がした。

振り返ると、女子大生らしい二人組が立っていた。

ウィンディー。
その名で呼ばれたのは久しぶりだった。

解散後、ネットでエゴサした。
「消えた」「つまんない」「解散してよかった」
散々な言われようだった。

自分の存在を全否定された気分だった。
名前も顔も知らないたくさんの足が、心をぐちゃぐちゃに踏み荒らしていく。

それ以来、エゴサをやめた。

どうせまたバカにされる。

早くこの場から逃げなきゃ。
それでも、なぜか足が動かなかった。

女子大生二人がじっと見つめている。

「そうです」と聞こえるか聞こえないかの小声で答えた。

早くどっか言ってくれ。
そう祈るように、じっと体を固くした。

すると、二人から返ってきたのは、意外な反応だった。

「ウィンディー、面白かったです!」

自分の聞き間違えかと思った。

「え?」と聞き返す間もなく、二人は興奮したように「私たち、ウィンディーのファンなんです。あ、このネタも好きで・・・」とスマホの画面を見せてきた。

そこには、かつてウィンディーが出演したお笑いライブの映像が映っていた。どうやら事務所が昔YouTubeにあげたものが、まだ残っていたらしい。

それは、ウィンディー二人にとって、お気に入りのネタだった。ライブでも唯一ウケが良かったネタだ。

彼女たちは「このネタも良かった」「ここがすごい」などと口々に話した。
それが慰めでもお世辞でもなく、心から言っていることだということがすぐわかった。

周りの音が聞こえなくなる。
全身が熱い。息をするのが苦しい。

「え・・・?」

彼女たちの驚いた顔を見て、自分が泣いていることに気づいた。

慌てて目を逸らし
「ありがとうございます」
そう消えそうな声でお礼を言って、その場を逃げるように立ち去った。

観客をかき分けて、外に出た。
ふっと息を吐く。
正しく呼吸ができた気がした。

それから、Aはまたネタを書き始めた。
ネタを書いては、かつての芸人仲間に見せる日々。

新しいバイトも始めた。

少しずつ、でも着実にAの人生はまた動き出した。

やがて彼の書いたネタが、ある番組の放送作家の目にとまった。
そしてある日、Aの元にメールが届いた。
「脚本を書いてみないか?」

数年後、Aは人気脚本家になった。
Aが手がけた作品は次々とヒットし、ラジオの構成作家も手がけるなど活躍の場を広げた。

とある日。
Aが手がけるラジオ番組の一つに、あるゲストが来た。

「久しぶり」

それは、かつての相方・Bだった。

久々に再会した二人は、顔を合わせて微笑み合った。
かつての戦友を懐かしむような穏やかな気持ちに包まれていた。

「今度、あるミュージックビデオの脚本を書くことになったんだよ」

Bは驚いた。

「すごいじゃん!どんな内容なんだよ?」

Aは笑って言った。

「タイトルは、喜劇。ある芸人の話だ」


〜終わり〜

あとがき:

上手くいっていない時は、周りがやけに輝いて見える。
妬んで悩んで苦しんで。周りみんなが幸せに見えて、自分だけが不幸に思えて、すべてが嫌いになって。でもそんな自分が一番嫌いで。

それでも、絶望の中だから見えることがある。その時には「失敗」としか思えないことでも、それが人生の「転機」だったりする。たとえ自分が思い描いた理想の未来じゃなくても、人生は思わぬ方向へ転ぶことがある。そして、誰かのたったひと言で救われることもある。

「昔は良かった」と過去の栄光にすがって懐かしむこともあるけど、その美しい思い出の中に永遠にとどまることはできない。

人生は続く。
楽しいことばかりではない。
むしろ苦しいことの方が多い。
それでも、悲劇のままで終わらせるのか。
それとも喜劇にさせるのか。
それはすべて自分次第。

青春病に侵されているすべての人へ。
あなたの人生が、喜劇でありますように。