「理科系の作文技術」の要点まとめ
この書物では「他人に読んでもらうための文章」を「理科系の作文」と定義しています。この記事を読んで「相手に正しく理解される文章が書ける」ようになってもらえれば幸いです。
目次
書き始める前に
1 文章の組み立て
2 文章を書くために必要なこと
3 人前で話しをするとき
文章を書き始める前に
いい文章とは?
<いい文章>と聞くと「人の心を打つ」、「琴線に触れる」、「心を高揚させる」ものを想像する人が多いかも知れません。
ただ、ここでの<いい文章>は文書の「内容の特性」「情報と意見の伝達」のみを使命としているものです。
読んでいる人が必要な情報を正確に理解できる文章かどうかが重要であり、それ以外は必要ではありません。
学校の授業で習った<いい文章>である、情緒溢れる表現・手に汗を握る臨場感の類は理科系の作文では全く求められていない前提をご理解の上読み進めてください。
①ターゲットの選定
「必要なことは洩れなく記述し、必要でないことは一つも書かない」ことが
理科系文章の鉄則となります。
これを体現するのに重要なのがターゲットの選定です。
「読む人は誰か」「何を期待して読むのか」が明確でないにも関わらず書き始めてしまうと、相手には必要ではない内容が入り込み本質がぼやけることで本当に伝えたい事柄が伝らなくなってしまいます。
ターゲットを決定したら、書こうとしている内容が必要なものかどうか「内容の精選」を念入りに行います。
ターゲット選定を明確にすることにより相手(読者)の目的・相手が現状持っている予備知識がわかります。
するとターゲットに向けてより有益の情報だけを選んで書くことができるのです。
例えば、あなたが機械学習の専門家に「先ほどの会議の議事録をまとめて提出してくれ」と依頼を受けたとします。
あなたは会議の中であなた自身が理解できなかった専門用語について調べ、内容を添付しました。
一見これは真面目で親切な対応のようですが「誰のための文書なのか」を判断できていないケースです。
機械学習の専門家にとって、用語の意味は当然理解できるはずですよね。
「会議の内容を把握したい」機械学習の専門家にとってメモは邪魔な文字の羅列でしかないのです。
②わかりやすく簡潔な表現を
まずは相手に正しく理解してもらうために、文章をわかりやすく・簡潔に書く具体的なポイントを4つご紹介します。
1 まぎれのない文
その文が一義的に読めるかどうか、つまりほかの意味にとらえられることはないかをよく吟味してください。
例えば 「黒い目のきれいな女の子」 という文章があります。
あなたはこれをどんな意味だと思いましたか?
この文は誰が読んでも同じ意味に受け取ることのできる文章でしょうか。
正しく意味の理解をしてもらいたいとき、多くの場合は読点(コンマ)を入れれば解決ができます。
a 黒い目の、きれいな女の子
b 黒い、目のきれいな、女の子
このように読点のふり方しだいで2通りの意味が出てきました。
執筆者の思い込みだけで書き進めてしまうとその文がまぎれがないかどうか、判別しにくくなるため客観的に読み返すことも必要です。
まぎれのない文章を書くため、ことばの反復が多少しつこくなったとしても問題ありません。
2 文は短く
「より短く書く」ことを繰り返しているうち、不要な言葉を一語でも削ろう、どこかに不要なことばは入っていないかと考えるようになります。結果的に余計な部分が削ぎ落とされ言いたいことだけが浮き彫りになってくるのです。
また、長い文章では、読んでいるうちに「主語が何か」が見えにくくなり結果的に読み返さなければならないことが多くなります。
常に書いている文章の「主語が何か」を意識して書くことは文を短く構成しやするコツとなります。
3 格の正しい文
あるべきことばが脱落したり、ことばのつながりが方がねじれていたりすることなく、ことば同士の関係がきちんと保たれた文のことです。
例えば「安全な歩き方の指導は二通りの指導がある」と言う文章は破格(格が正しくない)の文章に当たります。
主語が「指導は」に対して「指導がある」で受けるのは格の正しい文章とは言えないからです。
1 文章の組み立て
①重点先行主義
ズバリ、「結論から話せ」です。
重要なこと、伝えたいことは文章の冒頭に持ってきましょう。
一見、時系列の通り、順を追って書かれた文章の方が読者がついてきやすく、内容が入ってきやすいと言う方もいるかもしれません。
ただこの方法には「最後まで読まなければ結果何が言いたいのかわからない」と言う決定的な欠点があります。
例えば、分厚い学術雑誌を渡されたとき、まず目次を開きどこに求める情報が載っているのかを調べますよね。
そして、該当する記載だと感じたページに遷移し、冒頭部分を読み、本当に求めている情報のなのかを吟味すると思います。
この冒頭部分に当たるもので論文または見出しの概要が書かれているものを学術会では「著者抄録」といいます。著者が自分の論文の概要を示したものです。
当然長〜い論文を全て読むことはできませんから自分の論文が読者に読んでもらえるかどうかはこの「著者抄録」と「表題」次第ということです。
自分の文章が「最後まで読んでもらえる」ことなどビジネスに置いて絶対ではないのです。
②概観から細部へ
あなたは道を尋ねられたときどんな風に答えますか?
a 「駅を出るとすぐ左手に果物屋がある、その隣がそば屋、この間の通りを歩いて行って郵便局の角を左に曲がったところ」
b 「目的地は駅から山手線の外側に向かって200メートル行き、左に500メートル入ったへんにある」
どちらも同じ目的地までの説明ですが、前者を「微視型」、後者を「巨視型」と言います。
本書では、まず全体像の理解をさせることを目的としている巨視型を推奨します。先ほど登場した「重点先行主義」と同じ考え方ですね。
概要がわかっている状態で細部を読むとき、細部をゴールに向かう要素の一つとして、安定感を持って読み進められます。
しかし、概要がわかっていない状態で進んでしまうと「何を言いたいのだろう」、「この文章はどこに繋がって来るのだろう」といらぬ思案をしてしまい、重要なポイントが頭に入ってきません。
もっと簡単な例をあげます。
あなたが車の運転をすることになったとき、ナビをする助手席の人に
「目的地は六本木ヒルズと西麻布交差点の間らへん」
と言われていた方が良いですよね。
運転席に座るや否や
「とりあえず出発して。次の信号を右、その後はずっとまっすぐ郵便局を左で、そのあとは〜」
なんてことは目的地の後に欲しい情報なのです。
運転する人はこっちであっているのか、次の信号は今見えているものでいいのかと不安になってしまいます。
目的地(概要)がわかっていれば「六本木に向かうなら多分ここ曲がるだろうな」と検討をつけることができ、道を間違っても、ナビが突然起動しなくなっても一定は自力で辿り着くことができるのです。
③パラグラフを上手に使う
パラグラフを使うことのメリットは、最も伝えたいことであるトピックセンテンスを設定することができることです。
これを使うことで読み手はグッと読みやすく、要点を掴みやすくなります。
例外はありますが、トピックセンテンスはパラグラフの最初に書くのが建前です。
とすると、各パラグラフの一行目を読めばそのパラグラフの要約になっていることになります。
さらに各パラグラフの一行目をつなぎ合わせることで全体の要約が出来上がる仕組みになっており重点先行主義・概観から細部への考え方をあらわすことが可能になるのです。
2 文章を書くために必要なこと
①はっきり言い切ろう!
可能な限りスッパリと明言し、曖昧な表現やぼかした表現を使わないようにしましょう。(月曜日くらいに、〜ではないかと思われる)など。
日本人ははっきりとした言い方、断定的な言い方を避けようとする心理が強くあります。これは日本が単に修飾語が強い言葉を使う国だからではありません。
日本のビジネスシーンでは、MTG時に発言しなかったメンバーに後から個別で質問すると「本当は反対だったんですけど・・・」と言うこともよくあるのではないでしょうか。
日本を飛び出した英語圏でははっきりと断言のない論文に対して、執筆者の考えが不明確で支離滅裂、信用に値しない文書だと思われてしまうでしょう。
②事実と意見
事実と意見の判別ができていない文章はよく再見されます。
事実ばかりの文章になっていないか、意見ばかりの文章になっていないか構成を見極めながら書くことを心がけてください。
事実:証拠をあげて裏付けできるものである
意見:何事かについてある人が下す判断である。他の人はその判断に同意するかもしれないし、同意しないかもしれないものである
意見だけ書いたのでは読者は納得を得ることは難しいでしょう。
事実の裏打ちがあってはじめて意見が活きてくるのです。
説得力のある文章を書きたいならば事実と意見を組み合わせることを意識してください。
例えば、
「あの人は今駆けつけて来たにちがいない」(意見)
+
「額に汗を浮かべ、肩で息をしている男性がいる」(事実)
=
「あの人は今駆けつけて来たにちがいない。何故ならば額に汗を浮かべ、肩で息をしているからだ。」
その意見の<根拠>となる事実を正確に記述し、それに基づいてきちんと論理を展開することが必要です。
3 人前で話をするとき
①「読む」のではなく「話す」
このトピックでは文章を書けるようになった先のお話をします。
ビジネスにおいて人前で話をすることはどんな職種でも少なからずありますよね。
このとき書いて来た原稿をそのまま読み上げることは絶対にしてはいけません。理由は二つです。
一つは、読み手はいつでも読み返しができるが聞き手はできないと言うことです。人が原稿を読み上げるのについていくことは至難の技と言えます。
例えば「真空中で400℃、2時間の熱処理をした試料の表面に金の電極を蒸着し・・・」
と読み上げられてはとてもじゃないが字幕を出してもらってもついていけるか怪しいですよね。
この原稿文を講演文に変換するとすれば
「試料はあらかじめ真空中で400℃、2時間の熱処理をします。熱処理のあと試料の表面に金の電極を蒸発させ付着させます。」
となります。
話す内容と書いた原稿とでは内容が全く異なってくるのです。
二つ目は、人に話すときある程度の反復が必要となることです。
聴衆はちろん聞き取れないこと、聞き逃してしまうこともあるでしょう。
講演では止まることなく「上手に原稿を読めること」ではなく、相手に語りかける、話しかける姿勢を忘れてはいけません。
②話すとき用メモを用意する
原稿を読み上げるな、と言う話をしましたが原稿が必要ないと言う意味ではありません。
講演前にはピシッと推敲された原稿を書ききり、十分に練習を重ねてください。講演前にはピシッと推敲された原稿を書ききり、十分に練習を重ねてください。
ただ、会場は薄暗く手元が見えづらいときもあります。スライドを見ながら説明し、原稿に視点を戻したときにはどこまで進んでいたかわからなくなることもあるでしょう。
いくら練習を重ねていたとしても細部は毎回変わるものです。焦らないためにも簡潔で見通しの良いメモを見ながら話すことをおすすめします。
メモの内容には、「話のどの部分に何番のスライドを使うか」「そのスライドの内容は何か」がはっきりわかるようにしておきましょう。
またどんな状況でも書いた内容が見ただけで頭に入ってくるものが好ましいです。メモ字数は少なくできるだけ少なく、薄暗くても確認できるよう太い字で書くのがよいでしょう。
<10分講演のときの作成資料目安>
原稿用紙枚数 :400字詰め6枚
スライドの枚数:なら7〜8枚が限度
1枚のスライドには横型 8行以内 縦型 12行以内
③登壇の心得
1 もののありか
まず何がどこにあるのか、ポインターや電気スタンド、OHPのスウィッチの位置などを事前に確認してください。前の登壇者がずらしテイル可能性もありますので直前にも必ず確認しましょう。
2 マイク
講演では声の音量を一定にするよう心がけてください。声に大小があると聞き取りづらいためです。マイクと口との距離、顔の向きなどは一定のほうが良いでしょう。
机上のマイクも座って話すのではない限り取り外して左手に持ちましょう。胸のポケットや襟に止める式のマイクも顔の向きが変わることを視野にいれて外して手に持つ方が無難です。
最後にスピーカーを通って、自分の声が会場後方の聴衆にも聞こえているかどうか確認してください。ちゃんと聞こえているかどうかは聴衆の顔を見ればわかります。
緊張すると駆け足で話しがちですが、ゆっくりすぎるかなと感じるくらいでで問題ありません。
注意を引きたい場合、大きな声よりも「間」が効果的です。
ちょっと黙って見て「あれ?どうかしたのかな?」と注意を引きつけ
「つまり・・・」といちばん大切なことを話しはじめてください。
あとは理科系の文書と同じように歯切れよく、ぼかしことばは使わず言い切る。一文は短く簡潔に。
ポケットに手を入れるなどせず紳士な姿勢でを心がけましょう。
一度理科系の作文に基づいて原稿に起こしているのですから内容の把握、論理的な説明は完璧です。観客の反応を見ながら一生懸命話すことを大事にしてください。
・・・余談・・・
最近「バイオレット・エバー・ガーデン」というアニメをNetflixで見ました。
幼い頃から軍人として前線で戦っていた少女が、「ドール」というお客さんの手紙を代筆する仕事の中で感情を培っていくお話です。
主人公のバイオレットは言われた内容を一言一句正確にタイプでき、タイピングのスピードもクラスで一番なのですが、文章を「明確かつ簡潔」にしか書くことができません。
「親愛なる母上さま
現在体調良好、生活に特に変化なし。
特筆すべき伝達事項も特にありません。」
といった調子です。
バイオレットが軍人の経験から習得したのは、本書:理科系の作文技術です。また、冒頭でも触れている「人の心を打つ」、「琴線に触れる」、「心を高揚させる」文章はバイオレットが物語の後半で手に入れているものではないでしょうか。
このアニメを見ながら、理科系の作文技術は「基礎」なんだなあと感じました。正確に簡潔に伝達する文章が書けない状態で人を感動させるような文書は書けないんなんだなとしみじみと思った次第です。
京都アニメーションならではの綺麗な映像ですのでぜひ見てない方はご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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