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小説 大富豪夫婦

カードの枚数は五十二枚、そこにモノクロとカラーのジョーカーを一枚ずつ足して、全部で五十四枚、これだと我々二人には多すぎるので十八枚適当に抜いてしまう、残った三十六枚を二等分して決戦が始まる。

僕は妻と二人暮らしでジャパニーズサラリーマン、それも営業職となると毎日帰りはどうしたって遅くなってしまう。それでも好きでしている仕事だからきつい部分もあるとしても日々一生懸命働いている。
昭和の男ではあるが父親のように一家の大黒柱の権威を振りかざしたいとは思わない。家事労働を年間の給与に置き換えたら!という当世流の考えにも一理どころか十理あるよ、うむ。
僕は結婚してから大分生活が楽になった、仕事に集中できるのも妻が日中掃除をしたり、夕飯の献立を考えたり、宅配物の受け取りをしたり、洗濯物をぱんぱん叩いたりしてくれているおかげである。

彼女は僕のことを寝ないで待ったりしないところがよい。

お互いバツイチ同士のこの結婚で、冷えた夕飯にみそ汁は鍋、キムチが冷蔵庫に入っていますなどの指示にイラストを添えたメモを残し、さっさと先に眠ってくれているのは実は結構有り難いのだ。寝ないであなたを待っているって何だかプレッシャーを感じて怖くない?そして僕は口を半開きにして寝息をたてる彼女が寝室にいるのを確認してからゆっくりと遅い夕飯を摂りはじめる。

僕の休日はまるまる彼女のために使おうといつも思う、けれどそうもいかず、なかなか治らない顔面の皮が剥けてしまう病の薬を貰いに皮膚科に行ったり、仕事先に提出しなきゃならない扶養家族の申請書を書いたりなんやかやであっという間に一日が過ぎてしまうのだった。

これはデートではない日常の延長である、デートらしいことといえば近所を散歩するぐらい。婚姻届を出す前に結婚してもたくさんデートしようねとどの口がのたまったのか、でもどこか行きたいところある?と妻に尋ねても散歩したいとしか言わないのだからどっこいどっこいかなぁ。
二人とも歳を重ねてきているわけで若さ全開の新婚さんとは根本的に異なるのだからじじむさいデートになっても仕方が無いような気もする。
付き合いだした頃べたに東京ディズニーシー(ランドじゃない段階でパワーが落ちている気もするが)に出かけたが丸一日居ようなんて二人とも考えていなかった。
オープンしてすぐは混雑しているから市役所で用事を済まして昼頃到着してアトラクションにはほとんどのらずショーも見ず散歩していただけだった。少し土産を買いちょっと夜景を見て電車が混む前に退散した。それで二人とも満足して帰って来たのだからよいのだろう。

家でゆっくりと二人でできる趣味があるといいなと思っていた時に、彼女が将棋を指したいと言い出したので僕はだいたいのルールを教えて対戦してみた。彼女の機嫌が瞬く間に悪くなるのが手に取るように分かった。
実家に帰った時に将棋盤を挟む小学生の甥っ子と同じ様な表情を浮かべていたから。飛車角落ちでやってみてもイーブンで無いのが厭なのか(それでも僕が勝った)自分の弱さが不甲斐ないのか納得できないでいる彼女に「本気で勝負をしないのはいやだろ。」と声をかけたら返事をしなかった。その日以来将棋盤と駒を見ていない、捨ててはいないと思うが彼女にしかわからない秘密の収納ボックスにでも隠したのだろう。

次は麻雀を教えてみた。興味を持ってくれたみたいだったが我々は二人住いだし、一遍に細かい役や点数を覚えられるとは思えないし、それだけの時間がかかるからこそこのゲームは奥深く人々を夢中にさせるのだ。これもゆくゆく彼女に覚えて貰うとして。

今すぐ出来て二人の力の差が余りないものはないか。

行きついた先がトランプのゲーム、大富豪である。

同じ数字が4枚そろうと革命、ジョーカーの上をゆくスペードの3、同じスートの連続した番号で構成される階段、8が出たらその場が流れる八切り(やぎりともはちぎりとも)、Jが出た後にはイレブンバック、お互いが知りうる限りのルールを入れたおかげでゲーム性は高まった。自慢じゃないが、僕はゲームが強い。暗記力もかなりのものだし、心理戦も得意だし、ポーカーフェイスだし。そして残念なことに彼女はゲームが苦手だ。手先が不器用だし、すぐに焦ってしまって現状を把握するのが得意ではない、そして顔にすぐ出る。

最初は勝った方が負けた方の言うことをきくという罰ゲームを行っていたのだが、二人の力の差がありすぎて、もちろん僕がだいたい勝つのだが、毎度毎度お願いしたいこともなくなぁなぁになり出した頃彼女は言った。

「よし、こうなる上は脱衣大富豪じゃ!」

「一回負けるごとに一枚服を脱ぐのよ。OK?」

脱衣麻雀ならぬ脱衣大富豪…。あほやろ、こいつ。

しかもいつも自分が負けているくせに。呆れながらゲームを始めた途端である。

彼女が勝負師の目をしていることに僕は気付いた。

僕の見解では、女性は男性の裸を男性が女性の裸を見たいと思うほどは見たくはないものだと思っていた。だって美術の世界だって裸婦像はそれこそたくさんあれど裸夫像あんまり無いような…。ダビデ像とか?
女の裸は魅惑的だけど男の裸なんてむさくるしいだけだろ。

でも目の前の彼女は明らかに真剣な眼差しで配られたカードを睨んでいる…。


二十分後、僕は眼鏡だけ残して衣類を完全に脱がされていた。

あれぇ、妻よ君は、あんなに弱かったじゃないか。

正面でガッツポーズを取る妻は部屋着を一枚も脱いでいないのに。

いきなりの全勝でにんまりと笑っている妻は多分いかさまをやったに違いない。

明るいところでしかも自分だけが全裸というのはこんなにも切なく恥ずかしいものなのか。

そして、「あれ、どうして裸なんですかぁ?」「寒くないんですかぁ、まだ三月ですよ。」
とわざとらしく話しかけてくる。

嬉しくて堪らないと小躍りしている妻を見て僕は思った。

どうやら彼女はこの結婚で僕に自尊心を傷つけられていたんじゃないか…。

少しずつ少しずつ。削り取られていくように。

二人の生活の中で、僕の言葉の節々に、八歳年上の男の振る舞いに。

彼女の笑顔の裏側に僕は何も見つけられなかった。

僕はバツイチで色々懲りた、そして反省したはずだった、また失敗はしたくなかったはずなのに。

知らぬ間に彼女を傷つけていた?

様々な感情をお互いに持ちよってカードを切るようにシャッフルして二人で分け合う。

大富豪なんてしてないでちゃんと向かい合って話をしなければいけなかったのかな。

傷ついた彼女のこれは復讐なのだ…。

「いえーイ!全裸!」

妻は僕に抱きついてきた。それは全くセクシーではなかったが悪くなかった。

「恥ずかしがってあんまり裸を見せてくれないから勝ててよかったー!!」

そうか、前言撤回。

僕の裸を見たがってくれてありがとう。

眼鏡が外された時、「電気を消してください。」と小さな声で懇願すると、
女王様は「無理。」と優しく微笑んだ。



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