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一口で虜になるチーズを作りたい|柳平 孝二

CHEESE STANDの"人"を通じてCHEESE STANDの魅力を発信する「STAFF VOICE」。今回は、この夏新しくCHEESE STANDをジョインしたチーズ職人柳平 (やなぎだいら)孝二にインタビューしました。

少し前に、CHEESE STAND代表の藤川真至のnoteで新しく誕生する工房「CHEESE STAND LAB.」について発表しました。その中でも紹介されているのが、新工房で熟成チーズ作りを担当するの柳平です。

ーユニークな経歴を拝見しました!改めてこれまでのことを少しだけ教えていただけますか?

僕は幼稚園から大学まで東京・東久留米市にある「自由学園」という学校に通っていました。中学からの同級生に北海道・十勝でご両親が「共働学舎新得農場」という農場を営んでいる宮嶋君というのがいて、僕がチーズに関りを持つようになったのは彼との出会いからはじまり、宮嶋家のみなさんとの家族ぐるみの付き合いが始まったことがきっかけでした。彼とは今でも良き友人ですし、それ以上に彼のお父様で共働学舎新得農場の代表をされている宮嶋望さんは自分にとっても父親のような存在であると同時にかけがえのない恩人です(トップ画像はこちらの宮嶋さんおご夫妻と)。

はじめは共働学舎のチーズを学校内の生徒や教師会に注文販売するところから始まりましたが、次第にもっとチーズが生まれる背景や文化のことを勉強したくなり、長期の休みを利用して北海道の宮嶋君のところにお邪魔してはチーズ造りやヨーロッパのチーズの歴史、またその土地の微生物の力を有効に活用するための日本古来から伝わる知恵を応用した環境づくりの話などを教わっていました。

自分が大学生の頃にNPO法人チーズプロフェッショナル協会というものが立ち上がって、宮嶋さんがそこの理事をしていた関係もあり、チーズ検定の試験を受ける機会を得て合格したこともますますチーズにのめりこんでいくきっかけになったように思います。

その後、チーズ以外の知見も広げたいと思い1年間料理の専門学校に通ったあと東京・広尾にあるフレンチ(レストランひらまつ)に就職しました。はじめは料理人をしていましたが、その後サービスを担当するようになり、ソムリエとしてワインだけでなくチーズの取り扱いまで行うようになりました。

料理って一言でいえば、その食材の持つおいしさをどう最大限に引き出して最高の状態でお客様に食べてもらえるかの追求だと思うんです。下ごしらえから、火入れ・味付け・盛り付け・そしてサーブのタイミングまで、それらがピタッと重なったとき、なんというか「おいしい」以上の感動を生む食体験が生まれる。
チーズも同じで、フレンチの場合、調理することはあまりないけれど、丁寧に管理してあげているとほんの一瞬だけ本当においしい瞬間があります。ですが、料理と違ってその瞬間が常にお客様に届いているかというと、なかなかそういうことばかりでもなくて、難しいなぁと思っていました。

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ひらまつ時代の写真

しばらく働いていると、宮嶋さんから連絡があって「チーズの熟成士をやらないか?」と声がかかりました。北海道・洞爺にある「ザ・ウィンザーホテル洞爺」というホテルでG8サミットの開催が決定した頃で、ホテルの社長がヨーロッパにあるようなチーズの熟成庫をつくりたいという話だったんです。非常に飲食に力を入れているホテルでしたので、輸入してきたチーズをただ切ってお皿に盛って提供するのではなく、本場ヨーロッパのチーズ文化を感じられるように空気感そのものを最高の状態のチーズと共に提供したいとおっしゃられた。その為にはチーズを熟成管理するための熟成庫とそれを管理する熟成士が必要だ、と。ヨーロッパのチーズ屋さんって地上のチーズショップの地下に店舗と同じサイズかそれ以上の大きさのチーズ熟成庫があるのが当たり前なんです。是非やらせてほしいと手を挙げました。

そんな流れで北海道行きを決め、各国の首脳たちに出すチーズの選定や熟成管理を担うことになります。自分ともう一人、吉見さんという方と二人での任務でした。吉見さんは今、千葉県のいすみ市でチーズをつくって暮らしています。
北海道に引っ越してすぐに研修でフランスへ行き、3ヶ月間「エルベ・モンス」というチーズ熟成士の下でチーズ熟成の基礎を学びました。

実は帰国当初はホテルの総支配人はじめ保守派の人たちからはあまり存在を認めてもらえず肩身の狭い思いをしていたのですが、ある日ホテルのBarで総支配人に僕らの熟成管理したチーズプレートを食べてもらう機会があって、そしたら総支配人が「こんなにおいしいのなら、認めるしかないわね。」って。おいしい食体験のもつ力の大きさを改めて感じる出来事でした。良い思い出です。

結局、予算の関係でホテル内に当初予定していた大規模な熟成庫の実現までには至らなかったのですが、各国からチーズを集めて最高に良い状態に熟成させたものを首脳たちの晩餐会に提供できたこと、また国産のチーズを集めるだけ集めて最高の熟成状態とともにチーズプラトーをつくって首脳夫人たちやシェルパの方々に紹介できたことなどとても貴重な体験をさせてもらいました。

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その後、しばらくホテルのレストランで提供するチーズの仕入れや熟成管理・サービスを行いながらスタッフへのチーズに関する教育などを行っていましたが、ある日、ベルギーのショコラティエ、ピエール・マルコリーニの日本代理店をしている会社の社長から新しいチーズビジネスを始めたいと相談があり、面白そうだと思って東京に戻りご一緒することにしました。
ここでも最終的に新しいチーズ事業の話はなくなってしまいましたが、ピエール・マルコリーニの新規店舗開発や商品開発を担当し、ここでもなかなか貴重な経験をさせていただきました。

2015年頃にまた宮嶋さんから連絡があり、北海道の十勝で今度こそチーズ熟成庫ができるから北海道に来ないかというお誘いをいただきました。
それが今も所属する「十勝品質事業協同組合」の熟成士の仕事でした。

「十勝品質事業協同組合」は十勝のチーズ生産者による協同組合で、競争ではなく協力の力によって地域の豊かな食と産業を未来に繋ごうと2015年に立ち上がりました。
「十勝ラクレット モールウォッシュ」というチーズを地域の財産として後世に残したいという思いでいまもチーズ生産者のみんなで取り組んでいます。
自分の役割は、チーズ生産者の皆さんが製造した熟成前のグリーンチーズを共同熟成庫で受け継ぎ、熟成管理して市場に送り出す熟成管理の責任者でした。
十勝での仕事はとにかく面白くて仕方がなかったのですが、実は家族を東京に残して単身での来勝だったため、奥さんひとりに担わせてしまっていた子育ての負担やこれからの家族の在り方、また奥さんの仕事のキャリアを応援したいということを考えて、2020年に東京に戻ってきました。帰京後は「十勝品質事業協同組合」の東京営業所として販路拡大とPR活動を担ってきましたが、その傍らやはり自分の手でものづくりをしていたいという欲に駆られることがあり、どうしようかなぁと考えていた矢先、藤川さんから声をかけていただいたのが今回のプロジェクトでした。

ー壮大なキャリアを築いてらっしゃいますね。藤川とは面識があったんですか?

2019年7月に「ギルド・クラブ・ジャポン」主催のメーカーズナイトというイベントで藤川さんが講師をされたときにお会いしたのが初対面だと思います。
そのイベントの半年前に日本獣医生命大学で開催された国産ナチュラルチーズシンポジウムというイベントで自分がその時の登壇者の方に「チーズ生産者という立場が日本の酪農産業全体においてどのような役割を持つことができると考えるか?」というような質問をして、その会場に藤川さんもいらしたようでその時のことを覚えていてくれました。

ーそうだったんですね。今回チームに入るにあたり、色々と検討されたと思います。決めては何だったんですか?

結論から言えば、藤川さんの人柄に惹かれた部分が大きいです。

東京で新しいチーズ文化を作ってきた華々しいイメージの強い方ですが、色々と話をしてみるとその根底にこれまでチーズや酪農の歴史を築いてこられた先人たちへのリスペクトや丁寧なものづくりの姿勢を大切にしている想いをすごく感じました。

飲食業界に入ったきっかけが、アメリカ・カリフォルニア州バークレイのオーガニックレストラン「シェ・パニース」のオーナー“アリス・ウォータース”氏に憧れてだと聞いて、自分も大好きなので、そこに共感したこともあります。
決して高級な食材を使わなくても上質な食材を丁寧な手仕事で調理することでそのひと皿は特別なものになるということ、またそうやって食材を集め丁寧に食事をつくり食卓を囲むという行為が、自然とのつながりや本質的なこころの豊かさを人に思い出させてくれるという、そのあたりの自分が大切に感じていた感覚を共感できるのは嬉しかったです。

僕は、シェ・パニースに行くためだけにバークレイの語学学校に1週間短期留学したくらいです。(笑)

実は、僕は「十勝品質事業協同組合」の仕事を完全に離れるわけにはいかず、フルタイムでCHEESE STANDにコミットすることが難しいこともあったので色々と悩みました。
ですが藤川さんとお会いして話しをするたびに、この人のやっていることやろうとしていることの根底には愛があるなと感じるようになったんです。

今回の新工房の設計にも携わってくださっている(上間)理央さんのnoteにも書いてありましたが、藤川さんはショップを作ろうとしているのではなく、文化を作ろうとしているという。自分も藤川さんにそれをすごく感じました。

藤川さんは、自分がいなくなっても残っていくような大きななにかをつくろうとしているような気がします。そんなひとに求めてもらえるなら、一緒にやりたいな、と。

ーオープン後の計画などあれば教えてください。

僕は、製造と熟成それぞれに関わる予定です。まずはコアになるチーズを定めつつ、合間に面白いことをやっていこうと話をしています。

今はオープンに向けて図面の打ち合わせをしたり、道具を探したり、研修したり大忙しですが、とにかくオープンを楽しみにしています。

東京にミルクがあって、その先には酪農家の暮らしがある。地元のミルクと真摯に向き合って、東京のチーズ工房だからこそできることってなんなのかを考えていきたいです。

個人的には、一口で虜になるチーズをつくりたいと思っています。たったひとかけらのチーズでやっぱり人を感動させたい。青臭いといえば青臭いのかもしれませんが自分の源泉には常にその思いがあります。

藤川さんとなら、また自分一人では描けない新しい景色を一緒に描けるんじゃないかと思っています。

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CHEESE STAND 広報 M(中の人)
趣味が高じて飲食業界に足を踏み入れ、2018年からCHEESE STANDの広報を務める。SNSの運用はじめ社内外のコミュニケーション全般を担当。日々、飲食店を巡り、美味しいご飯をつまみにお酒を嗜む。

edited by Ichiro Erokumae

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