小説紹介「beautifulworld」
はじめに
こちらの小説beautifulworldは、
いるかネットブックスさまより販売予定の電子書籍の紹介ページです。
販売が始まり次第、販売サイト様のURLなどを貼らせていただきますので、
お待ちいただけますと幸いです(*´ω`*)
あらすじ
十七歳の女子高生、綾子。
彼女は五感を失い、次第に体の機能が低下していく難病にかかり、視力を失おうとしていた。せめて最後に色鮮やかな海を見たいと病院を抜け出し、冬の海に向かう。
冬の灰色の海を見ているうちに、自分がすべての感覚を失う前に死んでしまえたらと、海の方へ歩いていく綾子をその場に居合わせた少年は止める。
少年ハルは、自分が無痛症であること、人とまともに関われないことを綾子に話し、心の傷を分かち合っていく。
販売サイト紹介
販売が始まりましたら、随時更新していく予定です(*´ω`*)
しばらくお待ちください。
紹介動画
学芸員ときどき個人で配信されている「新原氷澄」さんが朗読した
beautifulworldです。
とてもお声に透明感があり、
世界観にぴったりで表現力のある朗読です(*´ω`*)
試し読み
※こちらから試し読みができます。
beautifulworld
「青色ってどんな色だっけ?」
視界に映るぼんやりとした光の方を向いて声をかける。今はもう昔になってしまった海と空を想って聞いた。
記憶に眠る、潮の匂い。白く輝く光の中に、波打ち際で走る私がいる。透明な雫が泡立つ波打ち際、砂が舞う水面をつま先で蹴り上げたあの記憶。
遠雷のごとくどこまでも響く波音は、耳を傾ければいつまでもリフレインして思い出を美化していく。
見ていたころの幸せな記憶。けれどもう、鮮明には思い出せない。海水の透明さ、砂粒がかかる感触。泡立った波打ち際さえどこかぼやけてしまって、解像度の低い映像に成り下がる。
例えば絵の具で海と空を描いたなら、その絵には海と空の違いなんかなくて、全部一色の青色で染まってしまうだろう。それはもう、海の底に雲があるような、空の中に鮮やかな魚が泳ぐような、そんな曖昧なものになってしまう。
この目に映っていた世界を思い出せないでいる。たった数年で、全てが空ろになってしまった。
母が笑った時の目じりのしわも、父が怒った時の眉の上がった表情も、冷たくて心地いいフローリングの木目も。
全て空ろでどんどん淡くくすんでいく。
「うん? どんなって言われてもな……。なんだか冷めてて、頭の中にすっと入ってくる感じ」
困り声が耳に届き、一気に現実に引き戻される。
「……なにそれ? 感覚すぎてわかんないよ」
「わかんなくていいんだよ。だってその方が想像できて楽しいだろ?」
窓を開ける音がした。外には穏やかな海。寄せては引いてを繰り返す波の音に、潮の匂い。鼻の奥をつんと痛く刺激する冷たさに混じる、冬の匂いがする。薄氷の張った海面を一つ一つ割って遊んだ、荒々しい岩肌の続く海の記憶。思い出そうとすれば、一つ一つが霧散して曖昧なものになってしまう。
去年建て替えられた白を基調にした病院の中、目の端に移る白い光だけが私の知る感覚になってしまった。
静かに移り変わっていく季節の中で、温度と湿度、音の高低差と強い光しかわかるものがない時間の中で、私とハルは話をした。全部、想像のお話。
色の感覚の話。黄色はまぶしい、赤は痛い、白は悲しい。そんな感覚をわかるような、わからないような不思議さを抱きながら話していく。
「想像すれば世界は自由だから。目に見える決められた正解より、どこまでも縛られずに、思うがままに決められるよ」
少し笑ったようなハルの息遣い。けれどそれは軽やかで優しい息遣い。手を伸ばしてそっと感じ取る息の温度、湿った息の温かさ。
「……想像って、ハルの顔とか? 確かに想像でならイケメンになれるかもね」
「失礼な。綾子さんだって、鏡みたらショックで泣いちゃう顔だっての!」
気を使われた気がして憎まれ口をたたいてみる。おどおどと相手の様子を伺って、噛みつく子犬のように、目の見えない私はおびえているのだ。
「それはないね」
「なんでだよ!」
「それならハルはここには来てくれないでしょう? 美人でもないと思うけど、同情は誘える顔なんじゃないの?」
沈黙が口を開けて、私たちを飲み込んだ気がした。顔が見られないのになぜだろう? 手に取るようにハルの表情がわかる。呆然と口を開けて、目を見開いている間抜けな顔。
それを想像するとおかしいのに、何故か笑えなかった。
「もう、来なくていいんだよ? ハルは世界を広げた方がいいよ。私はもう見ることはできないけど、きっと海も空も広くて大きくて、きっと色鮮やかなんだよ。その世界に行けるハルを私は足止めしてる」
息を止める喉の音がした。
「同じだよ。同じ世界にいるのに、どうしてそんなこと言うの」
ハルの声はかすかにふるえていて、涙にぬれている。鼻をすするみっともない音に、情けなく力ない声が少し愛おしい。
それほどに想っていてくれていることに、嬉しくて泣きそうになる。
たくさんの思い出が走馬灯のように頭に横切る。けれど、私は静かに呼吸をし直して、言葉にしていく。
この時間のなに一つも、取りこぼさないようにかみしめて。
長い沈黙が少しずつ私に覚悟させて、ついに口にするしかなかった。
「……違うよ」
「違わない」
間髪入れず、ハルは否定するけれど。私は諭すように優しく声をかけた。
「……違うの。違うんだよ。私の世界はこの病室だけ、私にわかるのは白色だけ。もうどこにも行けない。私とハルは違うんだよ」
ぼんやりと白い光が目に映る。それを遮るように黒い影が私を包んだ。手の感触、体温、優しく包む腕の力。
「なんで、そんなこというの? 俺だって失くしたくないものがあるのに、なんでそんなこと言うんだよ……」
私は少しだけ笑って言った。
「ハルは優しいから。私が死んじゃったら悲しんじゃうから」
記憶の中。あの海の記憶。耳に当てた貝殻から聞こえた波の音が、未だ私に夢を見せる。青い夢とハルの夢を。幾度も幾度も、恋焦がれるほどに夢を見させるのだ。
もし願いが叶うなら、私はあの青い世界にハルと一緒に戻りたかった。
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