天上の花 -彼岸花- ✎ 3 ちーかま 2023年5月15日 00:11 「副長、血飛沫は彼岸花に似ていると思いませんか?」俺、相馬主計がそう問いかけると、彼の人は苦笑いをしながら静かに頷いた。「そうだな。相馬、次にあの赤い花を咲かせてあの世へ行くのは、俺かもしれないぜ」「副長、縁起でも無い事を言わないでください」「副長か…そう呼ぶ連中も、すっかり少なくなっちまったな」「俺の中では貴方は新選組副長、土方歳三以外の何者でもありません!」今にも消えてしまいそうだった。だから引き止めたくて…俺は声を荒げた。しかしそんな事は無駄だと知っている。いつかは消える。俺達が誰かの命を絶つように、何時か誰かが俺達の命を終わらせる。それは俺達が自ら己に負わせた命運だからだ。「彼岸花はよ、『天上の花』なんて粋な名前があるんだぜ。知ってたか?」「いいえ。そのような知識は、俺には必要ありませんから」「くくっ…お前らしい答えだな」俺が思うに…副長はロマンチストな傾向があると思う。その証拠にこの後副長は、彼岸花をわざと曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と呼び、その呼び名が法華経の法典に由来するだの、仏教では白くやわらかい花を指すだの、彼岸花の汚名を晴らすかのように言葉を続けた。(彼岸に咲くのだから彼岸花で十分だと思うが…。それにどれもこれも、生きる事にも戦いにもまったく無関係だ。いや…もしかしたら、兵法や戦術に繋がる何かがあるのかもしれん)俺は真剣に、副長の言葉に耳を傾ける事にした。「言っとくが、今の話は兵法も戦術も関係ねぇぞ。単なる戯言だぞ」「………はぁ…」一度押し殺したため息が口から漏れた。「憶えておけば、何時か話のネタにはなるだろうよ」「ネタなんぞ俺には必要ありません」「長く生きてたら、話のネタの一つや二つ持ってねぇと、頭が固いだけのつまらない男だと言われるぞ」「構いません」長く生きられる保障などどこにもない。俺達は常に生死の間に生きているのだから。「なぁ…相馬」「はい」「いつか俺がお前に告げた約束は、まだ生きているな?」「はい」「なら受け取れ」「…」差し出された封書を、俺はただ黙って受け取った。あれから三年は経ったのだろうか。明治二年五月十一日、弁天台場へ向かう途中で副長が戦死。同年五月十五日、俺は恭順の書状に新選組局長として署名をした。副長に何かあれば俺が新選組局長となる事、これは副長と交わした約束だった。この日の出来事は、長き戦いの終わりへの序章であり、新選組が終焉へと歩き出す瞬間でもある。逆賊として罰せられた俺は明治三年、新島へと流罪に処された。新島で罪を贖いながら生きる俺は、ここで人並みに妻を娶る事となる。マツは本当に出来た女だ。多くを語らない俺に、ただ黙ってついてきてくれる。俺のちっとも面白くない会話に、声を上げて笑ってくれる。「旦那様、ご存知ですか?彼岸花は赤だけではなく白もあるんです。土方様がおっしゃっていた曼珠沙華は、その白い彼岸花を指していたのかもしれませんね。でも、旦那様のおっしゃる通り、あの花は彼岸の頃に咲くのですから、彼岸花という呼び名が相応しいと私も思いますよ」そんな彼女と出会えた俺は幸せ者なのだと…心からそう思った。だが、俺にはやり残している事が一つだけある。それをすればこのささやかな幸せは壊れる。マツの幸せを、俺がこの手で壊す事になる。それでも…俺はそれをしなければならない。交わした約束は、最後まで守らねばならないからだ。『この手紙はお前が開ける時が来たと思った時に読んでくれ。内容は大した事じゃねぇ。今の話と同じ、単なる戯言だ』部屋の中央に座した俺は、あの日に差し出された手紙を手に取り、封を切った。この手紙は副長の遺書だと思っている。だからこの手紙を開封してしまったら、あの人は逝ってしまう、そう思った。だから開けなかった。今思えばそんな呪いじみた事は、まったく意味を成さなかったのだが。手紙を開くと、懐かしいあの人の文字が目に飛び込んで来た。それだけで複雑な感情が胸に湧き上がり、不覚にも涙が零れそうになる。深く息を吸い、俺は静かに手紙へと視線を落とした。相馬主計殿お前がこの手紙を目にしているって事は、俺はこの世にいないって事だろう。そうあって欲しいと願っている。上手く言えねぇが…これはお前への謝罪みたいなもんだ。俺が死んだら、新選組の全てをお前に任せるお前のやり方で新選組を終わらせてくれこんな呪いじみた言葉をお前に託した事をここに詫びる。この言葉は毒となり、お前の全てを壊しちまったかもしれねぇ。そうじゃなくても、お前の全てを奪い取っちまっただろうな。それでも、俺にはお前しか思いつかなかった。すまねぇ。謝罪の言葉をどんなに羅列しても仕方がねぇとわかっている。この手紙は俺の唯一の良心と…それと単なる自己満足でしかない。そんな手紙を黙って受け取ったお前に、謝罪以外かける言葉もねぇが…最期まで走り抜けたお前に深い感謝を贈る。土方歳三「副長…貴方が俺に与えた毒は俺の生きる糧の一つでした。貴方の言葉があったから、俺はここまで生きて来れたのです。感謝しているのは…俺の方だ」俺が終わらせたとしても、新選組は生き残った者の中で生き続ける。それは呪詛のような恐怖であり、輝かしい栄光であり、逆賊と言う汚名であり、懐かしい思い出でもある。誰にも消す事は出来ない。それでも俺は俺なりに、俺のやり方で新選組の幕引きをする。それがあの日の彼の人と交わした約束だからだ。俺は目の前にある短刀を手に取り、静かに鞘から引き抜いた。「副長…生きる意味を与えてくれて、こんなにも大きな役目を俺に与えてくれて、本当にありがとうございました。そして俺に最期まで武士として死ぬ事を許してくれた事に、深く感謝しています」腹に熱く、強い痛みが走った。「ぐぅ…」歯を食いしばり、そのまま真一文字に刀を走らせる。「がっ…」そして抉るように引き抜き、刃を喉へと当てた。(マツ、すまない。そして…今までありがとう)一気に短刀を引いた。次の瞬間、俺は眼前の障子に釘付けになった。(綺麗だ…)そこには毒を含んだ彼岸花が咲いていた。それは怪しくも美しい天上への符。全てを終えた俺は往く。ꔛ𖤐先にアップしました『天上の花 -曼珠沙華-』の対となるお話です『曼珠沙華』と同様にアメブロに掲載(アメブロは別名義)していたものの再録ですこのお話には、妻であるマツ目線のお話があり、それもいずれ載せたいと思ます この記事が参加している募集 #私の作品紹介 104,296件 #私の作品紹介 #彼岸花 #私の作品 #新選組 #相馬主計 3 この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか? サポート